狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

Algorithmic Modeling

Algorithmic Modelingという言葉は、科学的モデリングという用語からの類推で、Algorithmを使い科学的モデルを作成すること、程の意味をもつ。要は、自然科学なら数式を使ってモデルを作るが、自然科学以外の人文・社会科学までを含んだ意味での科学分野では科学的モデリングが数式の範囲には収まらないだろう、という観察に基づいて、数式を様々なデータ・タイプに対応できる「アルゴリズム」という言葉に置き換えてみた、という話。

ところでソフトウェアモデリングという言葉は既に世の中にあり*1、「ソフトウェア制作のためのモデリング」という意味で使われている。ソフトウェアは実社会のモデルであることを考えれば、わざわざ新しい言葉を作らなくとも 「ソフトウェアによるモデリング」という意味でソフトウェアモデリングと言えばよいだけの話のように見える。それはそうなのだけれど、次のような紛らわしい事が起こる。

科学的モデリングに準じる意味でソフトウェアモデリングというと、焦点はモデルにあてられる。他方、ソフトウェア制作のためのモデリングを考えるなら、焦点は、そのモデルを使って制作されるソフトウェア側にあてられる。前者の場合利用者として想定されるのはモデルの利用者であり、後者の場合には想定される利用者は制作されるソフトウェアの利用者である。実際に動くソフトウェアが利用者にとって良いものになるには、対象の性質に加えて、ソフトウェアが走る実行環境の性質を取りこんでおく必要がある。他方、モデルが利用者にとって良いものであるためには、実行環境がどうあってもモデルが実行環境に適合して忠実なものであり続けることが必要になる。

と言う訳で、評価基準が違ってくる。

そう言う訳で、あえて言葉を変えてみたという次第。でも結果の見え方は、伝統譜の電子化であったり、伝統音階(旋法)の再現であったりする。

*1:例えば、片岡雅憲著、ソフトウェアモデリング、日科技連ISBN:4817160160

信楽さん第三形態

情報処理と人文科学との係わりについて信楽さんがこれまでに作っていたメモの構成は、大きく分けて次の三つの形態があった。

第一形態:混沌状態^^;

兼常清佐日本民謡研究」という報告書があって、研究活動は昭和26年に終わっているのだが、声の波形データから数値計算で高さを導く方法に則って一貫してデータが作られている点が非常に興味深い。譬えて言えばデジタル信号処理に基づく民謡研究が有効であることを、電子計算機が現れる以前に、実証したもの。

最初は、声の推定から始めて、声の特性の推定、楽譜の編集と印刷、楽譜からの音の再現、他を手当たり次第に^^;ソフトウェア化すると、決して完成されたとは言えない兼常の研究を再起動するきっかけくらいにはなるのではないか。

という、研究計画という意味では甚だ行きあたりばったりな案。

第二形態:情報民族音楽学

行きあたりばったりにソフトウェアを作成し続けると何が起こるかというと、一つのソフトウェアを長期間維持するための作業*1、異なるソフトウェアを相互接続するための手続き、ソフトウェア・データを流通に乗せる*2ための、送り出し・受け入れ処理が発生する。しまいには、研究作業しているのか、維持作業をしているのか、判らない事に(多分^^;)なる。

そこで、ある研究分野の全体像を見て、現れるソフトウェア・データを予め列挙しておこうか、ということを考えてみた。ソフトウェア・データの構造の骨格(要求仕様)を予め固定しておけば、同じカテゴリのソフトウェア・データが極端に違う構造を取る危険をある程度は回避できるのではないか*3

第三形態:Algorithmic modeling

ある研究分野を固定した時に、情報分野からその研究分野に発言できるか*4という問題が起こる。伝統邦楽では、特定のジャンルには特定の継承者が決まっている。従って、「伝統邦楽における声の特徴」という簡単な一言が、複数の継承者を横断して特徴を知るという内容をもつことから、実効はとても複雑な様相を呈することになる*5。このような活動を行おうとすれば、純粋に情報科学の立場から音楽について発言し、様々な音楽の分野で継承されている具体的な内容については継承者の判断に任せることにするのがよいのではないか。

と言う訳で、モデリングという領域に注目し、これを基盤として、その上に情報民族音楽学を組み立てたらどうなるか、という問題としてみた。科学的モデリングという用語があり、物理学など自然科学は自然をモデルと同一視して展開される。これ位に、モデルが基礎的な位置にある。「科学的」モデリングという以上、人文・社会科学にも科学的モデリングが成立するはずであり、作り方を工夫してその分野の基礎として使われるモデルが出来たら、それはそれで面白そう。

そんな目論みから、民族音楽学における科学的モデリング(特にここではAlgorithmic modelingと言うことにする)を検討する、ということにして、これが第三形態。

形態を決めたら、これからは第一形態の実体みたいな事ができるのではないかと思ったりもしている。

*1:システムが変わる、OSが変わる、使っているアプリが変わる、・・・

*2:商品化という意味ではなく、共通のツールとして利用するために。

*3:ある意味で、情報技術の標準化-但し、製品でなく、設計の。

*4:情報技術の土台とその研究分野の土台の双方について理解し、双方が、発言する際の土台を認定出来ているか。

*5:ある継承者が認知する音楽の精度が継承する音楽とその外にある音楽との間で全然合っていない場合、関係者を集めて議論することがとても難しい。参考「日本音楽の基礎概念」では、著者の領域である日本音楽とその外にある西洋音楽との認知の精度が全然違う。

何か読みにくいなぁ

手元に「日本音楽の基礎概念」*1という本がある。日本音楽の本は探さないとなかなか手に入らない事もあって、手に入った本については丁寧に読もうとする。この本は15項目の質問に著者が回答するという体裁で編集されている。副題に「日本音楽のなぜ」とあり、日本音楽について読者が陥りがちな疑問に答えるという内容をもっている。比較のために西洋音楽の事物を引用しているのだが、なんか読みにくい。

たとえば項目6の「日本音楽にはなぜ指揮者がいないのか」をみる。この項目6の解説文中では、筆者は指揮者を「タクトを振って演奏者を指揮し、音を揃える」役割をもつと捉えている。さらに日本音楽は音を揃えないものであるとして、指揮者の職能には否定的な見解を書いている。つまり、読者への回答は、要約すれば、「音を揃えるという指揮者と言う職能は知っているが、日本音楽の特徴とは合わないので、日本音楽では指揮者がいない。」あたりか。

これはこれで一理はあるのだけれど、見方が浅すぎという印象も残る。

以前テレビで高校のブラスバンドの部活に密着した放送があって、そこでは指揮者は演奏者の創意の方向性を指導して、音楽の音を仕上げるという役割をもっていた。上の回答では音楽の音の仕上げを指導する役割については全然触れられていない。

上記の項目6の回答文をこのあたりまで踏み込むように直すとすると、信楽さんなら例えば次のようにもってゆきたい*2

  1. 伝統邦楽の常識に従えば演奏者は、それぞれが所属する家系で日々修練に励み、演奏当日は家を背負って参加することになる。その演奏家の演奏を当日に指導する人など不要であり、また、よほどの偉い人でなければ家を背負って参加してくる人に指図なんかできない。
  2. 西洋音楽の常識に従えば、ある曲の演奏は特定の家が継承するということはなく、演奏者の総意に基づいて企画されるプロジェクトとして行われる。この場合には演奏を仕上げてゆくために、演奏者の創意を方向付けて取りまとめるリーダー役の人物が必要になる。指揮者はこのプロジェクトリーダーの役割を負う。*3

全くの初心者か伝統邦楽の関係者なら原文のままで納得してもらえるのだろうけれど、中途半端ではあってもその外側についても知見がある人*4にとって浅い比較はかえって気持ちがひくもとになる。音楽のような対象を隅々まで知るなど、ジャンルを限定したってできるわけがないので、不注意に言葉を使うと文章の作者が想定していない範囲について何か一言言ってしまう事にもなる*5。まずは使おうとしている言葉の全てについて、予め意味を定義して、その定義の範囲を超えないように注意する、位の注意は必要だろう。

*1:[ISBN4595571585]。放送大学の印刷教材。

*2:実際に文を起こすほどの才覚はない。あくまで構想^^;

*3:但し、指揮者がいつでもタクトを振るかというとそうでもなく、曲の演奏法によっては、第一バイオリンの主席奏者が兼ねたりすることがある。演奏者が指揮者を兼ねる場合には、タクトを振る人はいないが演奏を指導する人はいることになる。

*4:筆者とか^^;

*5:上記「日本音楽の基礎概念」項目8の「日本音楽ではなぜ調弦・調律をしながら演奏するのか」の最後のパラグラフに「ピアノはなるべくアマチュアの出る余地をふやそうとした結果のあらわれである。不器用な民族が考えた結果であろう。」という残念な文章がある。日本音楽の関係者にとっては音楽とは「由緒正しい家系が継承する技芸」という意識がこう言わせているのだろうとは思いつつ、日本音楽の関係者以外には理解できない文になっていると思わざるを得ない。相互理解を達成するには自身の言葉遣いにも注意しないと。

情報と社会あるいはソフトウェアとコミュニティ

情報社会科学という言葉について、一つの定義付けを試みる。

 

情報技術の成果というと、ソフトウェアが挙げられる。ソフトウェアはある計算環境で動くものであり、これまでは、ある汎用の計算環境を想定してその上で動くものとしていた。最近では、ソフトウェアの一部をハードウェアに置き換えて実装することもあるから、ここで言うソフトウェアはソフトウェアとハードウェアが協調的に動作するように実装されているものまで含むことにする。

 

ソフトウェアはあるコミュニティで行われている業務を助け、そのコミュニティのメンバーが行う作業を置き換えるために制作する。このことから、アルゴリズムとソフトウェアトの間に次の違いが見つかる。

アルゴリズムはそれ自身が閉じた形で定義される計算手順。

‐ソフトウェアは対象とする業務と関連づけて定義されたアルゴリズム

ソフトウェアは定義に沿って、情報と社会とを関連づける。この関連づけは、図式的にはこんな形にかける*1

f:id:Y_Shigaraki:20170517232930j:plain

この図式は情報科学の側から見ているので、コミュニティからの一つの要求に対するソフトウェア単品の制作という図式になっている。以下では焦点を当てる対象をコミュニティに変更した結果として現れる研究分野を考える。

 

コミュニティ側には、要求したソフトウェアを目的に沿って使い続ける業務がある。この業務は時間とともに発展し、それに伴って次の事象が起こる。

‐ソフトウェアの運用によってデータが作成され蓄積される。

‐新しいソフトウェアに対する要求が発生する。

‐それまでに導入し稼働しているソフトウェアとの協調作業が発生する。

このような事象に問題を起こさず対応するためには、コミュニティ側にも情報処理に関する課題が発生し、これを解決する技術が必要になる。

 

コミュニティ側に発生する情報処理に関する課題を把握するには、コミュニティ側の活動を全体として把握することが必要になる。情報処理と関連づけるためにコミュニティ側の活動を把握するという課題からは、情報と社会との係わりのあり方を研究する一つの課題が導かれると期待される。これが均質な単一の課題となるかについては自明ではない。

情報処理関係の活動が均質な単一の課題としてコミュニティ側に定着している例としては次がある。

‐コミュニティ側の活動が企業活動の場合には、既に、業務プロセスの改革(Business Process Re-engineering、BPR)、企業資源の計画(Enterprise Resource Planning、ERP)などの名称で企業活動の全体像を捉える方法が提案され、実践されている。

‐コミュニティ側の活動が自然科学分野の研究活動である場合には、その分野の基礎理論からコミュニティの活動の基盤に関する技術が共有される。この基礎理論に関する活動の形で活動の全体像を捉えることが考えられる。具体的には、数式モデルの解析、現象を再現するための設備の設計と実現、現象を観測するための設備の設計と実現などの活動がある。

 

これに対して、コミュニティ側の活動が人文系分野の研究活動である場合には、一つの分野内での活動が、独立したサブコミュニテいが互いに緩く関連しあって行われるという傾向が見られる。これは、人文系分野の研究活動が、文献・資料の精査の結果として仮説が導かれ、仮説群の中から信頼できる仮説を選びこれを定説とする、というような、文献・資料を対象として精査し、その結果から昨日的に結論を導くという方法に沿って行われることによる。

文献・資料とソフトウェアとの係わりとしては、文字の並びによって構成される文書資料(テキスト)について、テキストデータベース作成、テキスト中に特定の語句が現れる位置を調べる語句検索、特定の語句の出現頻度解析(Oxford Concordance Program、OCP)、特定の順序で結合した語群の出現頻度解析(マルコフ過程との関連でN-gram法)などが行われている。また、ある種のカリグラフィを電子化する技術についても研究例がある。

 

ソフトウェア技術の観点からは、テキスト、音響、並びにイメージ及び図を統合する、複合文書技術が発展している。筆者は、複合文書技術と関連する情報技術を総合的に利用する分野として情報技術と音楽学とが相互に関連を調べ、音楽に係わるコミュニティの中に、情報技術と係わる新しい研究分野を拓く可能性を調べるという活動に興味をもっている。

民族音楽学の分野では、数値計算による信号解析法を音楽分析に適用した例が電子計算機の登場以前に行われている(兼常清佐日本民謡研究)。兼常の研究は数値計算による信号解析法を基礎としており、情報技術の導入法が見易い。但し、最新の情報技術を前提とすれば、信号としての音楽がもつ特性を抽出し、結果を分析しグラフ化し、音楽の特性に適合する専用の記譜法を設計して、音と楽譜と文書資料との組み合わせを一つのデータとして保存する、といった処理も可能になる。このような処理を、五線譜のような既存の記譜法によらず、音楽に忠実に行うことができれば、音楽学のコミュニティの一角に新しい研究課題を定義することもできるのではないか。

 

以上により、「情報民族音楽学」という言葉が指す内容として、問題を引き起こすことなく情報関連の知見を民族音楽学の分野に導入し、情報処理技術を利用しつつ活動を行う民族音楽学、という定義を描いてみた。

*1:制作の中にある箱の間に→を書かないのがミソ。

背伸びせずに

4月の初めに予想外の出来事があり、当初は落ち着き先が見通せない事もあって焦っていた。

 

最近、落ち着き先が見えてきたので一息ついているのだけれど、今までみたいな生活パターンは取りにくくなっている。まぁ、今までが例外でこれからが普通、と言ってもいいような話なのだけれど。

 

ここまでに書いた音程の話も、結局、数年前から書いていた前の版の文書で曖昧にしか書けなかったところをしっかり書きましょう、という話で、話として完結させるまでにはまだまだ労力と時間とがいる。もともと、何かを言いたければ、心理テストの知見でなく物理的・音響学的なデータを揃えて、データに基づいて話しましょう、という立場に拠っているので、ただでさえ時間と労力とがかかるやり方でやってきたのだが。

 

といっても別にどこかと契約している話でもないから、できる範囲で、生活のパターンに合わせて続けてゆく事になる。そのためには今まで以上に、全体の青写真を明確にしておかないと何事も中途半端になってしまうのだが。しかし、青写真を調整するとまた最初に戻ったみたいな感じになって、何やっているんだか感にとらわれてしまう・・;

現象と法則、実践と基準あるいは・・・

自然現象は自然界の法則に従って起こる。さらっと言われるとごもっともという以外にない。ここで「自然現象」という言葉にもう少し拘ると、意外に底が深い所にある事に気付く。「自然現象」という時には、決して、目に見える、あるいは耳に聞こえる・・現象そのものではない。

高い所から物を落とすと、重いもの(鉄の玉など)は軽いもの(鶏の羽など)より早く落ちる。日常起こる出来事を「自然現象」と思うと、自然界では「重いものは軽いものより早く落ちる」と言いたくなるが、これは出来事レベルの話であり、これを「自然現象」の箱の中に入れるためにはこの出来事を見る見方を決める必要がある。物を落とす場合には、落とす出来事が起こる場所がもつべき特性(静止しているか動いているか、どのような力が働いているか)の指定がある。「現象」を自然界の法則の形で書くにはさらに見方に関する指定が加わる。物を落とす場合なら、物の形が落ちている最中に代わる事がないという仮定(剛体仮説)を置いて、物に働く力を一点の重心に纏める。そうすると、ニュートンの法則をこのものの落下に関する現象に適用出来て、重心の運動に関する方程式が立つ。

 

これが音楽とどう関係するかを言う前に、言葉遣いを整理する。

自然現象に、法則、現象、出来事の三段階の見方を認める。

これは音楽の場合に、対応する次の三段階を認めてよいのではないか、という事でもある。

‐規範:楽譜に書かれた音楽の仕組み、

‐実践:演奏家が意図する演奏(を記録する楽譜)、

‐現象:聴かれる音

規範(楽譜)と現象(音楽音)との関係は単純ではなく、西洋の音楽でさえ、演奏家は楽譜に書かれたとおりに演奏している訳ではなく、演奏家による楽譜の解釈が行われている。ピアノの場合、鍵盤を押すタイミング、鍵盤を押す力、ペダルの使い方をはじめとする演奏家の裁量で音が変わってくる。さらに演奏家の実践と演奏されて聴かれる音(現象)との間には、ピアノの調律技術・整備技術、会場の設定など、音が影響を受ける要素がある。

 

こんなことを考えると、前の記事で計算した音程の仕組みは、楽譜に書かれた音楽の仕組みの分析ではあっても、演奏家が意図する演奏の分析には直接は繋がらず、ましてや、当日の会場や楽器のコンディションに影響をうける実際の音を分析して音楽の性質を調べる活動からははるかに遠いと言わざるを得ない。ただ、互いの間に包含する関係があってもよいと思える。

採譜という作業はこの、実際に演奏された音のいくつかの例から始めて、演奏家の意図する演奏、さらには楽譜に書かれた音楽の仕組みを明かそうという試みの実践であると言える。今の所直観的な判断ではあるけれど、これらを直接繋ぐ経路を見出すことはまだ難しく、出来る事は各段階で資料を集めて整理し、各段階での見え方をはっきりさせることなのではないか。うまくゆけば、包含関係の外側にある基準を使って内側の基準を整理できるかもしれない。例えば、その音楽には狭くとも半音までの音程しか出てこない事がその音楽の理論上から保証されているなら、採譜データの処理結果に半音より狭い音程が現れた場合、これを例外事象として扱うことができる。演奏上のミスか、あるいは表現上の意図か、ここは判断が必要になる。

[情報民族音楽学研究]“読書(2)_語句の収集 階名と音名”の補足

OneDriveには読書(2)として掲載していたもの。ここでは前回、音程について補足した版を作る、と書いていたもの。主な参考書は次の3冊。

1)福井昭史、よくわかる日本音楽基礎講座、音楽の友社(2006年8月10日)[ISBN427630704X]

2)岩田宗一、声明は音楽のふるさと、法藏館(2009年6月20日)[ISBN9784831862143]

3)芝祐泰、五線譜による雅楽総譜  巻一 歌曲編、カワイ楽譜オンデマンド出版

 

下表のうち音程を除く項目は上記参考書1の127頁にある表「神楽歌の音律構成」に基づいて作表した。

音程欄は、隣接する2音間の音程を示す。音程の単位は1オクターブを300等分するサバールによった。(1サバール=4セント)オクターブ上位の壱越に係わる音程は、三分損益法で計算した305.8632を使う場合で示し、括弧の中の数字は下位の壱越のオクターブ上(300サバール)との音程を示した。階名欄の音程を計算する方法は表に続けて示してある。

律度

音名

階名

均分平均律の音程

文字

読み

音程

文字

音程

五線記号

音程

壱越

いちこつ

d

断金

だんきん

28.4202

変商

22.557

#d

25

平調

ひょうじょう

22.557

28.419

e

25

勝絶

しょうぜつ

28.4202

嬰商

22.5906

f

25

下無

しもむ

22.558

 

 

#f

25

双調

そうじょう

28.4129

律角

50.9448

g

25

鳬鐘

ふしょう

22.557

変徴

22.557

♭a

25

黄鐘

おうしき

22.557

28.4202

♮a

25

鸞鏡

らんけい

28.4202

変羽

22.557

♭h

25

10

盤渉

ばんしき

22.557

 

 

♮h

25

11

神仙

しんせん

28.4202

嬰羽

50.9769

c

25

12

上無

かみむ

22.557

 

 

#c

25

壱越

いちこつ

28.4202

(22.557)

(50.9775)

d

25

 

音程の数値は、音楽理論が規定する音の振動数から計算した。

音名欄については、音の振動数は三分損益法(順八逆六法)で決まるものとして計算した。三分損益法は、基準となる音(dと書く)から始めて、まずその5度上の音をとり(振動数3/2倍)、その結果の4度下の音を取り(振動数3/4倍)、その結果の5度上の音を取り、その結果の4度下の音をとる、という操作を定める。各音の振動数は(3/2)n(3/4)mdで決まる。奇数3を偶数2又は4で除して割り切れることはないので、三分損益法で決まる音には基準音dのオクターブ上の音はない。

階名欄については、芝祐泰編著、五線譜による雅楽総譜 巻一 歌曲編の8頁の構成図に従うものとして計算した。同書に拠れば、階名欄の音は次の構成手順によって構成される。この構成手順で決まる音の高さを使うと音程が計算できる。

  1. a) 五つの正声を次で構成する。

宮音を壱越とする。

宮音の5度上の音を徴とする。

宮音の4度上の音を律角とする。

律角の4度上の音を嬰羽とする。

嬰羽の5度下の音を嬰商とする。

  1. b) 二つの変声を次で構成する。

嬰商の4度上を変羽とする。

変羽の5度下を変商とする。

  1. c) 二つの臨時声を次で構成する。

徴の4度下の音を商とする。

変商の4度上の音を変徴とする。

以上

 

ところで、正声の五つの音の性質については次が参考になる。次の表は、岩田宗一「声明は音楽のふるさと」(法蔵館)、本文最初の位置に置かれた中表紙に置かれた写真から作成した。

 

呂 大由

十二律ハ 黄鐘管

笙    九竹

横笛   六穴

律ハ スクム

簫    六穴

琴    三八中絃

琵琶   工絃

呂 スクム

十二律  大旗管

笙ハ   乚竹

横笛ハ  千穴

律ハ ソル

簫ハ   四ノ穴

琴    ニ七為絃

琵琶   七絃

呂 スクム

十二律  中ロ管

笙    十竹

横笛   上穴

律 直

簫    ユ穴

琴    一二五十絃

琵琶   一絃

呂 大ユ

十二律  南呂管

笙    一竹

横笛   中穴

律ハ スクム

簫    ユ穴

琴    一五十絃

琵琶   ク絃

呂 スクム

十二律  林鐘管

笙    乞竹

横笛   タ穴

律 ソル

簫    五十穴

琴    六十絃

琵琶   乚絃

巳上図暫一越調之五音庄之

(上の図は壱越調の五音を示すものです)

 

表で宮商角徴羽は階名、呂と律は旋法の種類、三つ目の欄は(壱越調での)音の高さを楽器の構えで指定している。ここで呂律の欄に書かれた大由、スクム、ソル、などは、階名で指定された音が固有の修飾法をもっていることを示している。音は決まった高さに維持されるだけでなく、洋楽で言うビブラート風に揺れるように歌われることがある。それぞれの用語の具体的な歌い方は口伝で伝わるとしても、揺らぎがある場合にはとり得る音が指定されなければならない。結果として、5正声と、これに加えて2変声、2臨時声が必要になる。

 

声明関係の書籍に使われていた写真から作成したので、歌謡に当てはまるか否かについては別途確認が要る。しかし、一つの音に固有の修飾方法が決まっているという特徴は見て取れる。つまり、正声の五つの音は、五線譜の音符のように、高さ・長さ・強さを指定するだけでは特徴を指定しきれず、修飾法を合わせて考慮しなければならない。