狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

私はこれで会社を辞めました φ(^ ^;)

現在、これまで書きためて来たものを名刺代わりにアップしていますが、別なカテゴリを割り込ませたりしたので、そろそろ交通整理をしないと何を書いているのかそのうち本人にも判らなくなる。というわけで、道路標識みたいな文章をアップします。はじめに内容についてm(_ _)m。以下では、定年になった時に、あえて勤めを延長しなかった理由はこれがあったから、という話を書いています*1。結局、信楽さんがサイトで描いてきた*2ことを集大成しようという、いつもの話に収束してゆくことになるのですが、直近の進め方については最新の予定を書いておこうとしています。

信楽さんがやろうとしてきたことは結局、「音楽の忠実な記録と再現」を具体化する方法を探る、と言えます。ここで一言注記すると、音(個別の音データ)の記録と再現でなく、音楽(という音の集合体)の記録と再現を考えています。

いくら音質が改善しても、従来のレコード、CD、・・は、ある一つの音を記録するものであり、演奏家の創意により「同じ曲」が多様な表情を示す、「音楽」を記録するものではありません。

音楽を記録する、ということは、「同じ曲」である音の集合体について、これを特徴づける特性を、言語学研究で見られるように、複数の階層に分けて考えることになります。音はその一つの階層であり、この他の階層には、演奏行為、演奏計画(それぞれの音符を弾くにあたり、楽器をどうコントロールするかに関する事前の構想)、曲の構想(その曲にはどのような音がどのような順序で現れるか)を考えることができます。それぞれの階層はDTMシステムの、MIDIシーケンス編集、ピアノロール編集、楽譜編集に対応し、商用DTMシステムが前提とする音楽ジャンルの特性を抽象化したものに当たります。

音楽を記録するということは、これらの階層的な構造のどの層についても、音楽に忠実な記録を作成し、要求されれば記録を再現する、ということに当たります。

兼常清佐日本民謡研究は、音楽を記録する手段としてサウンドトラックへの波形記録を提案し、この記録が顕微鏡を使って読めることと、顕微鏡を使って読んだデータから手回し計算機を使って歌の特徴が導き出せることとを示し、歌の波形を目に見える形で記録する方法が日本民謡研究に有効であることを示した、と言えます。信楽さんがこのサイトに書こうとしていることは、この、兼常清佐が示した枠組みを情報技術の枠組みを使って再設計し、次の一歩を進めようとする試みを報告すること、と言えます。 β(*^ ^*) 対象として考えている音楽は、フィンランドのカンテレ(Kantele)の音楽と、日本の上代歌謡ですが、これを選んだ理由はかなり偶然によります*3

今はこれまで書きためてきた文章を名刺代わりにアップしていますが、近々種が尽きるので、12月中には一段落します。そのあと本論スタートとなり、考えている対象について読書を始めてそこから得たものをアップするという目論見でおります。

*1:信楽さんの気質がもし素直だったら勤めていたのでしょう。狸は素直でない。

*2:書いてきたことなら別な生き方になっていたでしょう。考えて来た事をイメージ的に捉まえて納得していたので、これまで言葉にならなかった。

*3:現代音楽の分野でピアノの内部奏法という演奏技術があって、ピアノ線を手やマレットなどで弾いたり叩いたりします。信楽さんは以前、自宅のアップライトピアノで内部奏法をやった経験があり、カンテレの音がその時に聞きおぼえたピアノ線の音がなんとなく似ているように聞こえた、ということがあったのかもしれない。