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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

1 はじめに

兼常清佐日本民謡研究は電子計算機が現れる直前の時代に行われたが、数値解析的な方法で音声信号を解析する研究と考えることができる。この研究は音声を目に見える形で記録する方法を求めて行われ、映画のサウンドトラックとアセテート製の音盤とが評価された。このうち、目で見て波形を観察し易いという理由で、サウンドトラックに波形を記録する方式が選ばれ、有効性を確認するために、日本民謡の分析が試みられた。波形を観察し、観察結果から声の高さを計算し、求めた声の高さを時間軸‐周波数軸上にプロットした結果を観察し、日本民謡の声の性質を調べている。

 

マルチメディア情報処理技術が普及した現在、兼常清佐日本民謡研究をそのまま情報技術を基に再建することは自明すぎて面白くない。もし兼常の研究を評価するなら、機材を再構成する所から始めるよりは、考え方を継承するところから始めて、情報科学の観点を使って発展を図る所から始めるべきだろう。そこでまず、音楽の記録として音の波形を選ぶ意味から検討を始める。

 

音楽の一つの記録に影響を与える要素には次がある。

1)  もちろん、作曲家が指定する音の組合せ

この、音の組合せには、地域と時代が反映している。

2)  演奏家に任された裁量の範囲にある項目

例えば、楽譜が指定する楽器名は製品のカテゴリを指定していて、特定の製品を指定する訳ではない。演奏家は楽器を選択し、音符が示す音の特性を調整して、曲の表情を整える。

3)  演奏会場の条件

例えば、会場での演奏家の配置、残響特性、あるいは聴衆の反応。聴衆が誤って反応した場合、記録には誤った反応が記録される*1

これらの要素を考えると、音楽の一つの記録は、音楽を代表するものではあるが、一つの例であり、全体を示すものではない。音楽の記録というためには、ある音楽の記録aに対して、このaと「同じ曲」を全て集めることが必要になると言える。即ち、

音楽aの表現とは、集合{x∈<音楽の音の集合>|xはaと同じ曲}となる。

 

この定義は形式的にはともかく、実行しようと思うと次の大きな問題にぶつかる。<音楽の音の集合>には、未来に演奏される音、過去には演奏されていたが継承されず失われた音などが含まれる。そのため、x∈<音楽の音の集合>を満たすx(音楽音xの記録)は原理的な意味で収集できない。この問題を解決するために、情報民族音楽学では、各種の情報モデルを導入しようと考えている。

 

情報モデルは唯一ではなく、次を考えている。但し以下では、一曲を単位とする。

・ 楽譜モデル  音を選択し、属性を示す。

・ 演奏家モデル 音の属性の具体値を与える。

・ 楽器モデル  楽器の演奏法と音との対応関係を示す。

・ 会場モデル  楽器の空間的配置(楽器が移動する場合も想定する)

これらのモデルは音がもつ属性を分析するために使うとする。楽器の空間的配置は、音の記録が複数個の音源から構成されている時に、目標の音源に対して指向性の高いマイクを仮想的に構成して音源を定位し、複合音解析の負荷を軽減するために使う。

地域・時代の特性のように、複数の曲に共通する特性を観察の対象とするためには、楽譜モデルを構成する原理を見直して、標準的な原理を組み立てることにより行うとする。

 

こういった目論見を具体化すると、DTMシステムの構成要素と次のような対応関係が認められるように思う。

・ 楽譜モデル ⇔楽譜エディタ

・ 演奏家モデル⇔ピアノロールエディタ

・ 楽器モデル ⇔MIDIシーケンスエディタ

・ 会場モデル ⇔スタジオ機能

DTMシステムは合成機能を提供し、情報民族音楽学は、分析機能を提供する。この二つを組み合わせると、推定されたモデルを使って音楽音を合成することができる。例えば、文書資料から部分的に判っている音楽を対象としてモデルを当てはめ、判らない部分は仮説として値を補い、音楽音xを合成することにより、x∈<音楽の音の集合>を満たすxの推定値を得る。

これは、古生物学で言う化石からの復元のイメージで、サンプルa(あるいは文書資料)から音楽を復元することに相当すると考えてよいと思っている。恐竜の復元像が恐竜と鳥類との関係が確立する前後で変わったように、モデルに基づく音楽の復元像xは新しい資料が見つかって修正を受けることもあると思われるが、各種モデルが拠り所とする根拠が示されれば、音楽に対する理解を深める助けになると考えている。

 

情報民族音楽学という活動は、以上の目論見の下で、できる所から話を進めて行こうと思っている。

*1:ウェーバー作曲、舞踏への勧誘では、初演当時、後奏の直前で聴衆が終わったと判断して拍手を送ってしまうことがあったと言われている。