狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

楽譜と工業規格

信楽さんは一時期、日本工業規格(JIS)に関連する仕事をしていた。そのせいもあってか、最近、書いてある内容が数学的定義というよりは工業規格でいう規定に近いという意味で、楽譜は規格票に似ていると思った。このあたり、楽譜の意味論の考え方に影響しそう。

 

数学の定義文なら書いてある通りの音を用意しなければいけない。規格票の規定文なら、要求事項には強さがあって、これ以外の代りは認めない(必須)、別な案でもよいがこれがよりよい(推奨)、規定しない、という段階を区別する。

五線譜の場合、音の高さ、拍子(音符の数+強弱の配置)、調性、音の長さ(全音符からの二等分)、を書く。音の高さと拍子(強弱の配置)は必須、調性は(移調を認めると言う意味では弱い)必須、長さは表情をつけるためには伸縮してよいという意味では推奨か。

ところで洋楽でも、朗読調の曲の楽譜は、五線譜で書いてあっても、必ずしも標準的な五線譜にはならない。プロテスタントの讃美歌集で549番以降に収められている讃詠という曲では、メロディは全音符と2分音符とで書いてある。全音符にはあるまとまった数の詩句が割り当ててあって、この割り当てられた詩句を全音符の高さで詠む。2分音符には一つの音(カナ)が書いてあり、これは歌う。かなり曲調が違うが、シェーンベルクが作曲した月に憑かれたピエロ*1では、朗読調に歌うことを指示するために、歌のパートに出てくる音符には、玉と旗を繋ぐ棒の位置に×を書いている。また、ワルソーからの生還者では、語り手のパートを、五線でなく一線で、標準的な形の音符を、声の大体の高さを示す位置に書いて、朗読の方法を示している。これは、曲が求める音の特性(朗読調)が、五線譜に組み込みの規定方法*2ではうまく書けないということの表れなのではないか。

伝統的な邦楽には独特な記譜法がある。この記譜法で書かれた譜に対して、内容を理解し易くするために、実演から採譜された五線譜が刊行されている。楽譜の内容が数学の定義のようなものなら表記を五線記譜に替えて読みやすくすれば理解を図ることができるとも思われる。楽譜が規格票のようなものと考えるなら、表記よりは規定内容に注目したい。ただ、具体的に伝統譜が何をどの程度の強さで(必須-推奨-規定せず)規定しているかというと、手掛かりがよく判らないのではあるが。

*1:もともと詩の朗読のために書かれた曲

*2:高さが固定してる鍵盤楽器の音を規定するには適しているが、高さを微妙に調整できる弦楽器や声には適していない