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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

楽譜の読み方

情報技術の分野で意味論と言うと、記号が指す内容を問題とする。以前から、楽譜の意味論を考えるときに、楽譜の解釈者の居場所が気になっていた。そんな折、JIS規格票の読み方が、案外楽譜の読み方に似ていると思った。こんな話を書いてみたい。

 

楽譜が音になるまでの間には演奏者が入る。楽譜には演奏者が決めてよい裁量の範囲がある。例えば楽器名。「ピアノ」と書いてある場合、ピアノであれば、YAMAHAでもKAWAIでもBösendorferでもよく、どれに限定ということはない。曲によっては、当時、今とは違う楽器を使っていたことがある。例えば、Wikipediaによると「ピアノ」という言葉の由来は”gravecembalo col piano e forte”*1らしいのだけれど、古楽の放送で聞いた印象は、確かに、ピアノと言うよりチェンバロに近い音がする。そこで、ベートーヴェンの時代のピアノ曲を、今のピアノで弾くか当時のピアノで弾くかという選択肢が出てくる。さらに、当時の楽器が既にない場合*2、今の楽器で代替することもある。

音の高さは楽譜の指定から変えられないかというと、楽譜と違う方法で修飾音を付けることがある。トリルが指定してある音符を半音差で組み合わせた音を三連符で弾く場合があると聞いたことがある。

音の長さは楽譜の指定を外さない方がよいとしても、表現の都合で伸び縮みすることがある。

この他にも、一つ一つの音、音の繋がり、パートの重なりなど、楽譜に書いてある音符にはいくつも解釈の余地がある。こういう解釈の余地がある音符(記号)は何を指すのだろうか?

 

直観的には、音符は音ではなく音の集まりを指すと、考えてみる。それはそれで、形式的には何とかなりそうな気もするが、未来の演奏家の音まで含む音の集まりというのもしっくりこない。そんな折、何とはなしに、JIS規格票の事を思い出した。

 

JIS規格票は、鉱工業製品を所定の品質で生産するための基準が書いてある。この基準は、対象物を定義するものではなく、遵守すべき基準を指定している。その一つの表れとして、規格票の本文は、「~である。」という文ではなく「~とする。」という文で構成されている。遵守すべき基準には次のように強さが決められている。(JISZ8301附属書H表1)

1) 指示又は要求:厳密にこれに従い、これから外れることを認めない。

2) 禁止:厳密にこれに従い、これから外れることを認めない。

3) 推奨:このほかでもよいが、これが特に適しているとして示す。

4) 緩い禁止:これが好ましくはないが、必ずしも禁止をしない。

5) 許容:規格の立場に立って、これを許していることを示す。

6) 不必要:規格の立場に立って、これを許していることを示す。

7) 可能:規格を使う立場に立って実行が可能である。

8) 不可能:規格を使う立場に立って実行が不可能である。

JIS規格を使う機関は、JISで定めている基準とその基準に決まっている強度とに配慮して、その機関自身が遵守する規格を作成する。この、JIS規格とこれに対応して規格を使う機関が作成する規格との対応関係が、一つの楽譜とこの楽譜を演奏する演奏家が解釈を詳細に書きこんだ楽譜との対応関係に似ている。

 

まだ手掛けた訳ではないが、この直観をヒントにして設計した楽譜の記述言語は、音がどのような特性をもち、楽譜に書いた特性をどの程度の強さ(精度)で再現するかを示すものになる筈である。ここで音の特性は、五線譜なら「高さ、長さ、強さ」であるが、これは音の高さがよく保持される楽器に向いている。伝統邦楽の基準となる楽器は「声」なので、音の高さを一定に保つことは難しく、楽器であっても定型的な装飾*3が付く。この辺り、何かを始められる時期になったら、伝統邦楽譜を参考にしながらこの案を具体化できたら、と思っている。

*1:強弱音のついた大きなチェンバロ

*2:例 アルペジオーネ

*3:半音より狭い音程で上下動する