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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

夢のお告げ

昨日、妙な夢を見た。このダイアリに書いてきた情報民族音楽学の内容について誰かに説明している*1シーンで出て来た、「これは芸術の話ではないから」という一句が妙に記憶に残っている。情報民族音楽学のように二つの領域に跨る活動はよほどしっかり考えておかないと、どちらともつかない中途半端な話になりかねない。これは以前から気にしていたのだが、たまたま前日、作成中のメモを、章の順序を飛ばして結論を書き始めたことが影響しているのかもしれない。そういう事もあって、目が覚めてしばらくの間、情報科学の観点からみた情報民族音楽学を考えていた。

結果、こんなイメージに辿りついた。

 

採譜機や自動演奏機は明確に情報処理システムの体裁をしているが、音楽にはその他にも、楽譜、解説資料という電子データがあり、これも電子的な方法で制作される。楽譜は五線譜ばかりでなく、伝統譜もある。五線を使うにしても、音符はオタマジャクシばかりでなく、蝶ネクタイをしたオタマジャクシ*2、はては黒い一反木綿^^;*3なんてものまで出てくる。音楽という人の創意がもつ多様さを反映して、これを書きとめる楽譜も百鬼夜行状態。

音楽の多様さを考慮すると、音楽という創意を受け止める情報技術は次の要件を満たすものとなる。

音楽に固有の性質を集積した資料集と、これを表現するために必要となるリソース集とを用意してこれを広義の*4プログラミングプロセスで繋いだシステムという形で纏まり、この資料集、リソース集、プログラミングプロセスは長期に渡って維持される*5

結果として、情報科学の観点からみた情報民族音楽学は、採譜機、自動演奏機などの個々の情報技術に焦点をあわせたものではなく、これらを長期に渡って安定して使い続けることができる技術的・システム的基盤を作りだすことに焦点をあわせたものになる。

*1:あるいは、誰かが信楽さんに言っている‐夢の事とてどちらかもはっきりしない。

*2:棒に×を重ねて書いた音符。シェーンベルク、月に憑かれたピエロの楽譜を参照。

*3:縦に下がったトーンクラスター、あるいは横に書いた波状の線。後者の例には、ペンデレッキのポリモルフォア、ルッソロの首都の目覚めなど、20世紀風のものを思い浮かべるかもしれないが、日本の民謡の教授にもメロディを曲線で書く記法が使われている。意外な所で目にすることがある。

*4:プログラミング以外データ制作を含むから。

*5:情報処理システムや電子データが必要とされる期間全体に渡って維持する。100年を越える可能性もある。