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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

はるか昔、紀尾井町近くに職場があった頃には

会社にいた頃はたまたま職場が紀尾井町辺りにあって、そのせいか、考えていることもかなりの気負いがあった。ここ数年、信楽情報社会科学研究所なんて看板を掲げてみたのも多分に気負いのなす業か。

広く浅くあれこれ漁って書いては来たが、問題点と難しさとが判ってくると、お題目+よその仕事だけ、みたいな内容で文章を書き続けることが恥ずかしくなってくる。いくら天空高くお題目を掲げても研究でもなんでもない。天空高く掲げたお題目は人の気を引くには充分でも、それを研究テーマだと言うためには、お題目を掲げた本人が責任をもって地上まで届く階段を作らなければならない。悪い事に、天空高く置いて繋留のための錨をおろし忘れていると、風に流されるまま流されて、気が付いたら本人も知らない所にいることだって起こるかもしれない。

「音楽」というお題目は、地域と時代とを指定するといろいろな顔をもって現れてくる。日本の音楽の場合、活版印刷なんかない、音の高さを測る便利な道具が簡単に手に入るなんて想像もつかない時代に始まり現在まで継承されている音楽がある。当然、教科書なんか簡単には作れないから、師匠から弟子に手渡しに伝授される。この伝授方式では、原型を伝える文書と結果を伝える最新の公演とは残るにしても、西洋のセンスに拠れば肝心の、「創意」の部分が文章としては残らない事になる。継承が途絶えでもしたらそれこそ一大事で、原型を伝える文書しか残らない。なにもやっていなかった訳ではなく、時間軸上に何かを伝えて行く方法が人を頼る以外なかった*1ので、伝える人がいなくなると何をやっていたかが伝わらなくなる、という方が近い。

情報技術の目で見ていると、ICT全盛の時代に、時間軸上の情報伝達という問題提起はとても新鮮な感じをもつ。Cは電文の内容を、発信時から受信時まで保証すれば充分なので、内容の保証期間は、地球上の二点間なら一日もあれば充分だろう。(地球~火星間など他の天体に跨る通信だったらいざ知らず。)音楽の継承を扱うなら、データの保証期間は1000年単位で考えなければならない。もちろん媒体だけあっても意味がなく、データを書いたフォーマット、データを読み・書き・表示し・入力するシステムすべてが有効でなければならない。これを一つのデータだけで達成するのはさすがに夢物語なので、書き写しながら継承してゆくことになる*2。そうすると問題は、紙資料が印刷媒体だけで内容を読みとれるように*3、他の資料と一纏まりになって組みあがる資料という作り方を避ける*4、ということになる。

こういう条件の下で、音楽の継承に係わる資料全てが作れるか、という問題が、ここでいう情報民族音楽学の課題ということなのだが、こればっかりはやってみないことには判らない。こういう試みは、大々的に試行できるかではなく、息長くできるかにかかっている。だから、しばらくしてから、「研究」という看板は下ろそうと思っている。紀尾井町近くの職場を退職してからもう5年近く経つし。

*1:つまり:×音楽を伝える記譜法、×伝える内容を必要な部数印刷する方法、○伝える人。

*2:ICメモリだってリフレッシュしているし。

*3:こんな事はない、ということ:文書資料はページ毎に容器に封印されていて、資料を読むには資料から容器を取り出して、封印を解いて紙を取り出す。これを行うには専用の器具が要るが現在その器具は作られていない。

*4:特に、特定の目的で特定の実装法で作られたアプリケーションがないと読めないという作り方は避ける。