狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

わがよたれぞつねならむ

「いろはにほへと・・」は文として書くことが出来て、「色は匂えど、散りぬるを、・・」のように読むのだとか。濁点は書かないという規則を忘れると区切り方も判らなくなって、「いろはにほへと、ちりぬるをわか、よたれそつねならむう・・」のように覚えて訳が判らなくなった・・のだった(^ ^;)。

で、「散りぬるを」の次は「わが世 誰ぞ 常ならむ*1」ということで、記号の意味が永続的になれる条件を探ってみる。←無理な振り β(^ ^;)

・計算機プログラム

計算機プログラム(という記号)はデジタルデータだから絶対に変わらない!と思っていると、OSのバージョンアップに追随できずに使えなくなったりする。OSのバージョンアップはなくとも、PCを変更して仕方なくOSを変えることもある。プログラム自身は変わらなくとも、実世界との関係が変わることで影響を受けることがある。

・文書資料

紙に墨で書いた文書は注意深く保存すれば百年単位でもつらしい。但し、いくら紙でも不注意に保存すれば黴が生えたり虫が食ったり、湿気で紙が貼りついたりもする。

それ以上に、文書に書いてあるはずの内容が忘れられてしまえば、文書は文書という名の絵になってしまう。文書内容を実世界のあるものと考えると、文書資料も、実世界との関係が変わることで影響を受けることがある。

・自然科学的な内容

例えば物理学は、人が住む空間(宇宙空間)の中のあるものを、共通な測定機を使って共通な単位*2で測定した結果として得られるデータを使って現象の模型を作る。単位が共通なことから、誰でも、データを使って模型を動かして、現象を再現できる。模型が有効な限り、結果はいつまでも有効。有効性が脅かされる条件にはこんな事がある。

1) 今見ている自然現象が模型を動かす条件から外れている。

野球のボールの軌道を倣物運動模型で追っていたら、空中で鳥がボールをもって行った。

同じく、ボールの軌道を倣物運動模型で追っていたら、球が割れた。

2) 測定装置が抜本的な改良を受けて、見えなかった現象が見えてくる。

この後者の場合は、「見ている範囲が変わらない限り見えている像は正しい」、「見える範囲が広がると、違う像が見えることがある」という意味で、実世界との関係が変わっている。判りにくい・・

・数学的な内容

さすがに数学の内容は永続的だろう・・と思っていると、こういう事情が起こることがある。

微積分を習っているといくつか壁に出会う。例えば、1、1/2、1/3、・・・、1/n、・・の極限値をχと書く。χ>0と仮定すると、実数の性質から、どんな正の数αについても整数Nを取ることが出来て、Nχ>αが成立することになっていて*3困る。これは、標準的な意味で言う実数にとって極限値は荷が重い、ということなのだけれど、といって、どこに行っても使われている実数をそう簡単には捨てられない・・

ということで、判りにくい事は承知の上で、標準的な数学に目的に応じて、論法*4、仮説*5、公理*6などを追加することがある。数学とはいえ、実世界との関係から、数学も成長する。

 

・・面倒・・

 

堅牢な媒体に書いても読める人がいなくなれば絵になってしまうことを考えると、永続的に意味を伝えてゆくには、結局、読んで理解できる人を育てて、語り継いで行くことになるのかな、とも思う。人が語り継ぐといっても、語り継ぐ内容が固定化すると、結局、語り継いだ内容が理解されないことにもなるので、実世界との交流を欠くこともできない。

*1:この世の中、誰が永遠に生きるというのか

*2:長さ、質量、時間、電流

*3:実数のアルキメデス

*4:例 ε-δ論法

*5:例 連続体仮説

*6:例 選択公理