読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

音符の代わりに曲線を書く

狸系の目

1968年というと、今から半世紀近くも前の事になる。その頃、音楽芸術という雑誌があって、今手元に68年12月号が置いてある。この号、附録にルネッサンス期のシャンソンの楽譜が付いていて特集がペンデレッキというとても面白い構成になっている。この号の20頁にポリモルフォアという曲の譜が一部載っている。この譜、音符が書いてあれば、頁の見栄えとしては変哲もないものになる所を、曲線が書いてある。この曲線は本文に拠れば脳波にヒントを得たそうなので、つまりこの譜は、五線譜に脳波を書くようにしてできている。この譜がカノンの要領で積み重なって、この引用譜ができている。

これだけ書くと思い付きみたいに見えるのだけれど、ある意味似た見え方をする楽譜が全然別な領域で見つかることがある。こういうものが見つかると一寸面白い。

両親が民謡の成人教室に通っていたので楽譜を見せてもらった。この楽譜、横線も縦線もないが、メロディの音の高さと小節(こぶし)とが、目安を示す曲線で書いてある。歌詞はその曲線に添えて、メロディに追随する位置に書いてある。見せてもらった譜は江差追分で、この曲は、追分の名が示す通り、繰り返しの拍構造がない。更にいうと、民謡に限らず日本の歌はキーを歌い手が示すという風習があるらしい。結局、横線も縦線も書く意味がないので、大まかに曲線が書いてある。ただ、音符の代りに曲線が書いてある所は、譜面の見え方という点に限って言えばペンデレッキのポリモルフォアと似ていて、民謡譜の曲線を五線譜に重ねてみる連想をして面白がっていた。それからしばらくして、よくわかる日本音楽基礎講座(福井昭史著[ISBN4-276-30704-X])という本を見ていたら、121ページに江差追分基本譜という譜が引用されていて、メロディの抑揚、歌詞、声の出し方を曲線と図記号とを使ってかなり詳しく書いた上で、これには横線が書いてあった。似たアイデアは捜せばどこかにある。ただそれらが同時代・同地域に出てくるとは限らないので、何かを捜そうと思えば究極的には地域・時代の枠を越えなければならない。案外4次元空間(地域+時代)は身近なのかもしれない。

それにしても伝統邦楽は、一本のメロディを装飾する方法には粋をつくしたが、メロディを重ねる方向には結局進まなかった。この影響は今も続いていて、アイドルグループが出る舞台では、何人出てきても全員が一本のメロディを歌っている。対して、昔聞いた外人歌詞が歌う日本のフォークソングでは、二人でも重唱していた。(単に趣向の違いですが。)

もっとも昔近所の寺院で聞いた声明など、一本のメロディでも、多数で唱えると微妙に一人ひとりの声はずれるので、聞こえる声は騒音的になる。だから、一本のメロディを微妙な音程差を付けた複数のパートで重ねれば、単なる一本のメロディではなくなる。こういう歌い方を複数のパートで実行して重ねる方向には進まなかった訳だけれど、ペンデレッキの譜などを見ていると、微妙にずれた音で装飾した一つのメロディをカノン的に重ねたらどういう曲ができるかを想像してみたりもする。