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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

FM-現代の音楽(クセナキス II)

FM現代の音楽を今週も聞く。先週に引き続いて、クセナキスを特集している。NHKサイトから抜粋した今日の内容は次の通り。

司会は西村朗

楽曲は、「アクラタ」、「フレグラ」、「テトラス」の三曲。

 

西村氏によると、クセナキスの残した音楽の特色として、次があるという。

  1. i) 五線譜を使わない作曲法

ii)全体から部分を規定する作曲法

 

この、五線譜を使わない作曲法というのは、具体的に言うと、時間軸‐高さ軸の二つの軸が作る平面に、グラフのように音の動きを書くという方法らしい。

グラフのような記譜法というアイデアは案外昔からあり*1柴田南雄著「現代音楽の歩み」(角川書店)の1914年の記事になっている未来派音楽では、ブザーを使った騒音楽器(写真63頁)とこの騒音楽器のための楽譜(65頁)が載っている。同書に拠ればこの楽譜は、ト音記号ヘ音記号、小節線付きの五線譜に曲線を書いて、騒音楽器の音の出し方を記している。

福井昭史著、よくわかる日本音楽基礎講座‐雅楽から民謡まで(音楽の友社)、2章5節に掲載されている江差追分の伝統譜では、民謡のメロディを、声の高さの抑揚を示す曲線を使って書いている。この、メロディの抑揚を曲線で書くと言う書き方は今でも民謡教室などでは使われているらしく、一度現物を見たことがある。

もちろんこの二つの例では、音律は決まっていて、音符が決まった長さをもたないという事情を反映していて、クセナキスの使っている作曲法では音律すら決めずに自由な創作を許しているのだろうとは思うが。

 

全体から部分を規定する、という説明はよくわからなかった。伝統的な西欧様式で作曲する際には、音楽の形式については推奨案があって、作曲家は形式を選び、形式を構成する要素を作っている。形式には、一つの曲のためには2部形式、3部形式、ロンド形式ソナタ形式、変奏曲形式などがあり、複数の曲をまとめて一つの作品にするには、交響曲、歌劇、舞踏音楽などの纏め方がある。ということから、設計図のようなものを使うかどうかは別として、頭の中には構想図のようなものがあったのではないかと思う。

楽譜を書くように一番外側の構造を図にして、その図の要素を音で埋めてゆくことで作曲するとしたら、確かに新しい手法かとも思える。同時に、作曲が進むに従い段々融通が利かなくなってくるのではないか、とも思う。在る所で行き詰まらないようにするために、細かい所まで見通してから始める、といった作業手順になりそうに思う。

未完成交響曲は実は完成していたが、3、4楽章を別な作品に転用したので、交響曲としては1、2楽章しかない形で残っているという話を聞いたことがあるが、こういう、不可抗力が原因になって起こる件に対する融通性というのは ・・ 余計な心配か。

 

クセナキスの学生時代は第二次大戦の終戦と引き続く戦勝国間の対立抗争の時期に重なることから、この時期の影響が作品に反映しているのではないか、という解説があった。

様々な作曲法を試行錯誤する時代には様々な考え方が出てくるとして、次の世代が「現代音楽」という音楽を継承するには、この試行錯誤を整理し、活動が収束する先を見極める何かが必要と思う。この放送で当時の流れを追うのは、一つには、方向を見極めるという動機があったのではないか、と期待しながら、放送の視聴を続けている。

*1:「グラ譜」と書いたら怒られるかもしれないが。