狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

FM-現代の音楽 (L. ノーノ II)

信楽さんは現代の音楽という番組を、バッハ作曲ウェーベルン編曲のパッサカリアをテーマにしていた頃から時折聞いていた。とはいえ、特に専門的な教育を受けた経験がある訳でもない。そんな事もあって思ったままを書くことには多少の躊躇があるのだけれど、今回は感じたままを書いて見ようと思う。ただ書きあげてみると纏まりが悪い気もする。

 

1.今回の放送について

今回放送されたのは下記の3曲。

a)「生命と愛の歌 広島の橋の上で」

b)「進むべき道はない、だが進まなければならない…アンドレイ・タルコフスキー

c)「“進まねばならない 夢見ながら”から 第1部」

2.トータルセリエル技法と音楽の知的統制について

トータルセリエル音楽についていう時にはよく、感情の知的統制という表現が使われる。同時に、ウェーベルンの音楽にも時折感じることだけれど、肌理のない音という感じを受ける。ガラス質の素材に反射する光のような、と形容されることもあるが、筆者としては、セルアニメの人物のように、「境界線で区切られた中が均質に塗り分けられた絵」を感じることがある。

 

放送の2曲目はノーノの晩年の曲。音色、強度を組み変えてはいるが、一つの音色、一つの強度のセグメントの内側では、スペクトル構造(音色)が固定していて、音が打楽器音のように表情がない。このような音は、トータルセリエル音楽では他の音表現も可能だけれどこの曲ではこういう音表現を使っているのか、どうしてもこうなってしまうのか。筆者は後者なのではないかと思うが、そうするとトータルセリエル技法は表現の幅が案外狭いのではないかという気がする。

 

3.メッセージ性について

トータルセリエル音楽が肌理を欠くことはノーノ自身も知っていたのではないかと思う。メッセージ性を込めた曲を書いてきた理由は、音が肌理を欠くことを補う意図があったのではないかとも思う。ただしかし、特定の立場からのメッセージ性に依存するということは、表現の幅をかえって狭めたのではないかとも思う。

例えばペンデレッキの「哀歌」は、原題は単に「哀歌」であり、曲が広まる過程で誰かが「広島の犠牲者のために」という文言を付けくわえて成立している。この過程は「哀歌」が「不条理に対すると人間」という抽象化された内容をもち、広がりをもつ事に対してノーノの曲は、メッセージに束縛されて、さらなる広がりには進み得ないのではないかとも思う。

 

4.知的統制に対する過剰な期待

感覚の知的統制が言うほど簡単ではないことは、電子音楽の歴史にも垣間見ることができる。

電子音楽の初期、任意の函数フーリエ級数で合成できることから、任意の楽器音を電子的に合成できるという期待感が生まれ、電子音楽の将来性をはやされた時期があった。それから実際の試行を経験すると、楽器音の合成は、思っていたよりはるかに難しいことが知られるようになった。

楽器音は、一つの音を発生させた場合でも、その音の中でスペクトル構造が変化し、これが楽器らしさの要因になっている。フーリエ級数はある区間内で任意の波形を合成することが出来ても、この区間内で音のスペクトル構造は変わらない*1、という仮定がある。結果として、一音単位で合成するのではなく、一音より短い区間内で作った音を繋ぐことになる。メモリが安くなると、計算で音を作らずとも実楽器の音を録音してこれを加工すればよい*2、ということになる。

 

結局、計算で楽器の特質の全てが再現できるほどには、計算の技術はまだ成長していない*3。セリーで曲想を描き切れるか、というと、細かい所までは手が回らないのかもしれない。知的な統合は、実行してみると意外と難しい。

 

科学的手法に対する一時の過剰な期待感は、形式的な数学の分野にもあった。

数学の全ては公理と定理から証明される定理から出来ている。ならは、公理と推論規則とを与えれば全ての数学が何の曖昧さもなく再構成できるのではないか。この期待感は、ゲーデル不完全性定理に拠って無理であることが知られるまで続いた。実際、真偽を証明することができない命題が出てくる場合があり、真偽がつかない命題をオープンな議論をとおして真か偽かどちらかを認めて*4、数学ができている。

結局、科学的手法は最終的に、客観的な真・偽ではなく、オープンな議論をとおして形成された合意によって支えられてきたとも言える。

 

その意味では、感情の知的統制という言葉の指す内容についても、新しい(従来の否定)だけでは限界があり、演奏家及び聴衆が合意できる切り口を見出す事が出来るかにかかっているようにも思う。もちろん演奏家と聴衆に拠る合意が従来の音楽の無条件な礼賛に繋がるものではないのではあるが。

*1:定常性の仮定。

*2:サンプリング音源

*3:楽器の再建など、演奏できる楽器がない場合もあるので、計算に拠る再現に期待したい所はある。

*4:連続体仮説のように、仮説として。