狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

一見荒唐無稽な話

24日の午前に、一寸した待ち時間があったので、CS放送にあるナショナルジオグラフィックチャネルを見ていたら、イースター島の住民の生い立ちを探る放送をしていた。24日は土用の丑の日だからUMAでも出てくるような話かと思うと、そうでもなかった。

放送によると、オセアニアにはかつて、島々の間を縫う海上交易路があって、イースター島の住民は海路1000キロを旅して今の地に着いたのだとか。外洋を航海できる船が要ることと、方位を取って海路を誤りなく進むための航海技術が要る事とから、会場に交易路があったとは俄かには信じられない話であり、だからついアトランティス大陸を想像したくなる。しかし放送では、船と航海術とは復元されたとしていた。また、物証として、オセアニアのある地域で見られるサツマイモはアメリカ大陸原産で、*1海流に乗って流れていてはすぐ腐ってしまうので、交易によって運ばれたと考える以外ないのだ、という。

番組で出て来た祈祷師(?)役の人物が唱える呪文が詩句の切れ目の音を伸ばすように唱えているようにも聞こえたので、催馬楽譜の音振りでも語句の切れ目で音を伸ばしていることを思い出して、オセアニアの民俗音楽についてほんの一寸だけ調べてみた。そうすると、オセアニア地方は大きく分けてメラネシアミクロネシアポリネシアに分かれるが、共通する特徴もありそれは、ニッポニカ事典によれば、『器楽より声楽が優勢であること、楽器のなかでは体鳴楽器の種類が多く弦鳴楽器が少ないこと、音楽や楽器と踊りとが密接なかかわりをもつこと、身体打奏が多用されること』だという。

 

音楽のように、積極的に記録を取らない限り、消えてしまって残る事のない表現については、始まりを知る事が容易ではない。だから以下の話は無理を承知で書いている。

伝統邦楽の場合、雅楽が伝来する以前の音楽に関する資料は、遺品として見つかる楽器、土器などを使うしかなく、詳しい事はよく判っていない。雅楽伝来とともに楽器や文献資料が作られるようになるせいか、書籍などでは「大陸から進んだ音楽を移入した」と書かれる。

ところでもし、声と木製打楽器とで高度な表現が実現できるなら、雅楽伝来以前に声の表現に拠る音楽があり得たことになる。更に、大陸から移入された「進んだ」音楽とは、音楽の表現として高度な、という意味あいよりは、楽器による合奏という演奏形態をもち、これを可能とする音楽理論をもつこと指すと考えるべき事になる。さらに、現在でも、日本民謡を五線譜で書くと何か違うものになるように、雅楽理論で書き残された民謡である催馬楽がどの程度原型を忠実に伝えているか、などと考えてみたくなる。

こんな連想をする一つの理由は、以前どこかで読んだ、因幡の白ウサギの説話に出てくる「ワニ」が海洋民族を指すのではないかという説を思い出して、催馬楽として書き残された民謡の特徴が一部でもオセアニアの民俗音楽に残っていることもあるのではないか、と思った事がある。

もちろんこういう話がUMA話でなくなるためには誰をも納得させられる根拠が必要になるので、まずは資料を集める所から手掛けることになる。

*1:ヤシの実のように