狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

街で買える伝統邦楽譜

図書館から借りている「日本音楽との出合い」にうっかり書きこみ__φ(^ ^)メモメモ__を入れそうになって、直前に気がついて、慌てて実物を買いに出かけた。いつもの楽器屋さんで捜した範囲では、「よくわかる日本音楽」という本は見つけたがこれは既にあり、目的の本はなかった。さてどうするかは追って考えることとして、店内を見回す。

最近、小中校で邦楽を教えるようになったせいか、筝、尺八、打楽器関係の楽譜、書籍が置いてある。これはしばらく楽器屋さんに行かなかった間の変化なのだろうと思う。そうすると、実習の要領で、五線調に音符を書くように、箏曲譜、尺八譜、打楽器譜を書くようになってきたのだろうか。

 

情報民族音楽学という言葉を考えたのはだいぶ前~少し前*1の事だったので、ある意味夢物語として、数式モデルを考えていた。昨日行った楽器屋さんの商品棚を見ていると、そろそろ本気でPCを使って伝統邦楽譜を清書する人が出てきてもおかしくないのではないか、という気もしてくる。

伝統的な文献資料はそれを資料として扱う限り、写真製版の要領でイメージデータ化しておけば参照できる。つまり、過去から今までを考えればよい限り、イメージデータを閲覧する機能を提供すれば、情報技術の役目を果たす事が出来る。楽譜はそれだけでは収まらない。新しく曲作りをするときには、楽譜の文書構造に従って、新しく文書を起こすことになる。この、新しく起こす文書をどのようなものとするか、は、情報民族音楽学の一つのテーマになると考えている*2

この話がもう常識になっているなら安心して隠居できるのだが、これから始まる話だとすると、どう関わろうかと、内心複雑な気持ちが起こる*3

*1:原型はまだ学校に在籍していた頃。ノートの形に纏めたのは5年ほど前から始めてここ最近。

*2:文献資料の分野で、資料そのものでなく資料の文書構造を再利用して、新しい文書を制作するという利用形態があれば、似た問題が起こる。声明などを印刷するという応用が考えられない事もないが、声明はそもそも音楽の一つなので、楽譜の中に含まれる。

*3:学校にいた頃、たまたまフィンランド語を面白がっていたのだった。当時はごく珍しい言葉と思っていたが、今ではごく名の通った言葉になっている。信楽さん、出遅れた・・