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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

スーパー歌舞伎

狸系の目

情報民族音楽学という案件については、これから新規に書き起こすより、今手元にある88頁分*1の書きものを改良することにした。そうすると、ここに書くことがなくなってしまう事に気づき、しばらく思案していた。結局、目に付くまま気がつくままにいろいろ書いて行こうかとおもう。今回は、スーパー歌舞伎のニュースを見てという話。

 

テレビで歌舞伎とアニメのコラボレーション企画を放送していた*2。これまで伝統邦楽の書籍を見ながら、伝統邦楽には江戸時代の所で一つの壁が立っていて、未だに江戸情緒から離れられない結果として芸能としては理解しにくくなっていないか、という感想をもっていた。そこで、現代を舞台に設定した邦楽のイメージを考えて、日本画調の絵と邦楽とを組み合わせたアニメを作ったらどうなるか、と考えてみたことがある。その時には、明治大正ならともかく昭和平成は難しそうだと思ったのだった*3スーパー歌舞伎日本画調のアニメでなく、歌舞伎の方をアニメ調にするという方向で、方向性が逆になっている。

もともと歌舞伎は人が演じる動画みたいなところがある*4から、江戸情緒から脱出する方向を探るためにアニメと組むのは一案と考える事もできる。これを実行するときには、大道具小道具は歌謡ショーで使われている技術を使って対応できるだろうけれど、音楽が困るだろうなと思う。伝統邦楽の音感を切り捨ててしまったら歌謡ショーの後追い企画みたいに見えてしまうだろうし、といって伝統邦楽の音感で現代アニメと折り合いを付けるのは難しいだろうし。

思うに伝統邦楽は芸能を構成する一部として、芸能の枠の中で育ってきた分、音楽だけを取り出して、例えば西欧の音楽と比較するとひ弱な感じをうける。伝統邦楽が芸能の枠の中から独立し、伝統邦楽との繋がりを維持しながら音主体の表現として独立できれば、現代アニメと折り合いのつく音楽を創作することも可能になると思うのだが*5

*1:本文+付属資料。

*2:スーパー歌舞伎、歌舞伎+ワンピース。

*3:例えば「タッチ」をこの様式で描けるか・・

*4:場面の一コマ一コマが、切り出すと日本画になっている。

*5:但しその場合、目指す方向は合奏でなく、声の表現がメインになるかもしれない。