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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

上代歌謡と古代の交易路

高校の古文の時間に水銀商*1が蜂に助けられるという話があった。こういう話が残る位には当時から陸の交易路があったことになる。音楽の教科書で音楽史の頁にピアノの歴史についての挿絵があり、一寸調べた範囲で、ピアノの元になる楽器の一つがイスラムから来たという記事があり、当時の交易路を垣間見た気がした。

 

当時の交易路は意外と広い範囲に及んでいたことは確かなのだけれど、仮説を立てて何かを確かめようと思うといかんせん証拠がない。仏教用語で言う「閼伽(あか、水)」とラテン語のaquaとをサンスクリット語に戻って同系と言ってしまうとそれらしく響くのだけれど、最近ではこの説は学説から通説に格下げになったらしい。そのあたりに考古学の難しさがあることは承知の上で、つい、こんなことを思う。

 

日本音楽史では、大陸から雅楽や仏教音楽が入ってくる前には、上代歌謡と呼ばれる歌謡があったと書かれている。これらの歌謡は歌詞の部分が文書などに残っているが、音については殆ど判っていない。だから、現在では、歌詞の部分をテキストとして読むことになっている。当時の楽器についても、楽器の一部が遺品として残っているものの、使い方については知られていない。調律法や演奏技法が判ると、音階・旋法やメロディを知る手がかりになって、「うた」をテキストとして読むのではなく「歌う」ための手掛かりになるのではないか。

そこで、上代歌謡の歌い方に係わる情報を得るためには当時の交易路に沿って資料を捜すという手もあるかな、と空想する訳だけれど、もちろん国内にとどまる訳でもなくうっかりすると、日本語の起源に関係して検討された言語が話されている地域全部が対象になってしまうかもしれない*2。これでは確実に発散する。それよりまず、手に入る資料は全て誰でもが読めるようにすることが先決だろう。

 

文書があるから簡単なように思えるかもしれないが、当時の文書は手書きの資料であり、記号も当時の習慣に従って使われているから、電子文書として作成するために文字符号を割り当て、記号を描画しようと思うと、文字と図記号の包摂から始めなければならないことになる。この手数は結構かかるので、資料はまずイメージデータ化して、イメージデータを観察しながら電子文書を作成するのが実際的だと思う。

こうして資料が溜まってきて、いろいろと判断できるようになれば、はじめて余所との比較という話に進めるのだろう。

*1:みずかねあきない

*2:ポリネシア系の言葉まで考えたら範囲が太平洋全体にまで広がる^^;。