読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

人は変わり記録は変わらない

狸系の目

記事の更新をひと月ほどサボっていたら、去年の記事を振り返ってみませんかというお誘いがあって、ちょっと読み返してみたらこんなことを書いていた。

-はじめに歌があった

http://y-shigaraki.hatenablog.com/entry/2015/09/16/053352 

世界史的には上代歌謡は吟遊詩という括りで囲うことができそう。この辺りの音楽(?)を扱ってみたいというイメージを書いている。これ、今でもそう思っているので、風呂敷を縫い終わった辺りで何か包むものを捜してみるつもりでいる。

-じじたぬき(狸爺の昔話)

http://y-shigaraki.hatenablog.com/entry/2015/09/08/163316

これは小学校の頃の付きまといについての苦い話し。なんというか、これを書いた時点で未だに世間知らずで芯が一本通っていない感じがする(*^ ^*)。

 

それにしても、記事は書かれたまま成長することもないけれど書き手はどんどん変わってくるから、その場限りの案件で検索サービスを利用することだってある。こういうその場限りの検索語の履歴を使って出してくる広告はちょっとピントが外れていたり、迷惑だったりする。

いつだったか、どうもアドウェアが検索語を監視しているような気がして、タレントさんを数名(岸谷ちゃんとか)立て続けに検索したことがある。そうしたら、てきめん、そっち系(別名エッチ系)の迷惑メールの数が増えて(--;)、フルスキャンを仕掛けたらやっぱり・・ということがあった。こういう検索語を本人の趣味と思われてもねぇ、とか・・。どうにも理解しにくいご近所さんの性格を理解するための検索語というのもある。

どうしてこういうその場限りの検索語の記録がいつまでも影響するのか・・ 考えてみたら、ある時期から検索サービスを変えていたので、検索サービスを変えた以降の検索語が、広告提供元の検索サービスにはないのかもしれない。

そうなると、検索サービスにどの程度まで自分自身の情報を提示するか、という問題、結構微妙なトレードオフを見せてきたりする。最終的には宣伝と付き合う煩わしさと会費の額との兼ね合いなのかもしれないが。