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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

モデリングの情報科学

今ここで「情報民族音楽学」と言っているアイデアの原型はもう半世紀近く前、まだ学生だった頃にふと思いついた。当時は情報技術が立ち上がりつつあった時分で、要は何をやってもよかった。だからという訳でもないけれど、人文系と理工系とを横につないだ領域で研究テーマを見つけようと、学生ということもあり、意気込んでいた。今風に言えば、”Number 1よりOnly 1”狙いか。この「一位よりただ一人」という目標、実際にやろうと思うと、一位狙いと比べてどっちが楽かはよく判らないほど大変な目に合う。

まず誰もやっていなそうな領域を見つけてきて、多分そういう領域は荒れ地だから、境界線を敷いて*1、整地して、耕して*2、ようやく種がまける。種をまいてもその境界線の内がわに自然*3がなければ芽が出ることはないし、芽が出ても面倒をみなければ野生の花や実に留まる。それでもやろうと思うのは、使命感か、もの好きの極致か・・ まあ、そんなことは\(^o\) (/o^)/こっちに置いといて。

情報系と文系と、キーワードを二つ並べると、まず軸足はどちらに置くかが問題になる。文系の領域が結構重いとつい文系に軸足を置きたくなるが、入口でこれだけ重い領域で進んだら途中で行き倒れることもある。ともかく自分が一番よく知っている所に境界線を引くのがよいだろう。

ということであれこれ行きつ戻りつして、それでもともかく前回から今回までの間に、境界線を引く文書を纏めてみたのだけれど・・ あれ、前回からもう一カ月経っている。月日のたつのは早い。

 

この一カ月でこんな決心をした。

「情報民族音楽学」という言葉が拠って立つ領域は音楽学でなく情報科学であり、

モデリングと呼ばれる分野に所属し、

民族音楽を研究対象として活動する。

 

こう決心する時に一つの壁は、「モデリング」という言葉の内容をどうするかにある。

人工物なり自然物なり、ともかく具体的なモノを対象とするモデリングなら、モデリングの対象とモデルとの対応関係はほぼ自明と言える。

音楽は音による表現芸術である、と言ってみると、音も表現も形がない。形がないものと形をもつモデルとをどう対応づけるか。

 

情報科学の分野には、形のないものと形をもつものとの対応付けについての前例がある。ソフトウェアは、形のない業務手順を、形をもつソースコードに対応づけている。

 

ソフトウェアを制作する手順を見ると、この対応付けには、二種類のモデルが関与している。一つは業務手順に関するモデルであり、もう一つはソースコードに関するモデルである。業務手順に関するモデルは、対象とする業務を特徴付ける無数の特徴量から、当面の関心の対象となる特徴量を選び出して構成する。ソースコードに関するモデルは、業務手順に関するモデルを実行する計算機プログラムがもつべきプログラム構成を与える。ソフトウェアを制作する手順は、業務を観察して業務モデルを作成する→計算機環境を観察して業務モデルとの対応付けを取りながら、ソースコードに関するモデルを作成する→ソースコードに関するモデルからソースコードを作成する。ここで、業務モデルとソースコードに関するモデルとは相互に関連するので、両者の切り離しには経験則がある。

 

上記の考察は、情報民族音楽学の場合には、次のように展開する。

ソフトウェア制作で業務手順に相当する部分をモデリングの対象とする音楽に、ソースコードに相当する部分を演奏行為に、それぞれ対応づけようと考えている。業務手順としては音楽を継承する活動をとり、演奏行為としては個々の演奏(によって生じる音)をとる。音楽を継承する活動には、音楽を継承する活動に関係する人、モノ及びそれらの間に成立する関係をとり、演奏行為との関連づけのために、音楽のモデルの側に、演奏音のサンプルを置く。ソースコードのモデルには音楽のモデルから取り出された曲を対応付け、ここに置かれた演奏音のサンプルは、ある裁量の幅で、実際の音に対応づける。

 

という経過を辿って、「情報民族音楽学」という言葉が拠って立つ領域を音楽学でなく情報科学であり、そのうちモデリングと呼ばれる分野に着地させようということに落ち着けた。とはいえ、これからこの領域を整地するのだから、耕して、種がまけるのはべてこれから、ということになるのだが・・・この時点で、耕した後にまく種に当たる、上代歌謡と日本語の声の表現に興味があります、なんてことを言うのは誤解を招くので抑えて、まずは基礎的なデータを集める辺りから入ろう。出来れば・・ _β(^ ^;)。

*1:definition

*2:cultivate

*3:nature-土の中にあって種を芽吹かせる力