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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

真言声明譜と天台声明譜

また大きな表題をβ(^^;)。

要は、楽譜の書き方を比べてみると、それぞれの個性というか特徴的な部分と、それでも似た部分とが見つかるという話。

 

真言宗の声明の譜というと、全体的には折れ線で、マッチの軸木と言おうか、●から線分が出ている図形で始まる図形で言葉の抑揚を示すものを思い出す。この書き方を古博士という。

古博士の●は、遡ると訓点に始まるらしい。訓点というのは、漢字の脇に目立たないように振った点で、漢籍を音読するときにつける高低アクセント*1を表示する。この訓点に、声の高さを示す線分を添えて、マッチ棒のような図形が出来る。

この線分、水平線から45度づつ回転すると8個の向きが区別できる。この向きで音の高さを示す。但し、声の幅を3オクターブに取り、各オクターブに五つ音を取ると、15個向きがいることになって、8個では足りない。この足りない分は、文字との相対的な位置関係を使って表す。この表示法は、人の手の動きで音の高さを示す、奈良の大仏開眼の頃に行われていた方法の名残という説があるらしい。

声明の譜は、譜に従って唱えるものではなく、唱える際の目安を示すためにある。そういう訳で、実際に行われている唱え方は、人によりかなり違う。一時、あまりに差異が大きくなってきたことから、代表的な唱え方を決める会議が行われた。その時に、目安としては同じ譜の、異なる唱え方を整理することが必要になって、音の高さを示す線分を、高さに加えて音の唱え方までも表記できる、仮譜という新しい記法が考案された。仮譜の記号は、唱え方に応じたいくつかの図形パターンと、文字を使った注記とから構成される。それでも目安であるから、五線譜に採譜するとかなり印象が違う譜が出来る。

 

天台宗の声明の譜は、これも曲線を文字の脇に沿えて構成する。ここまでは真言宗の声明の譜と同じだけれど、線の感じがかなり違う。天台宗の声明の譜は、真言宗の声明の譜と比べて、ずっと、波のように見える。また、先頭の●もない。

天台宗の声明の譜は、記法が簡素なものについては、上代歌謡の古楽譜と似たように見える事も興味を引く。文献やCDの附録の資料を見ていると、天台声明譜には、波線だけが文字の脇に書かれている譜があり、波線を構成する各線分に声の高さなどを注記した譜があり、真言宗の仮譜のように、線分を音の唱え方を示す図形に置き換えて書いてある譜もある。簡素な記譜法から音を詳細に書ける記譜法に発展してきた所は、真言宗の譜の発展の様子とも似ている。

 

由緒正しい理系人にとっては、こういう情報と付き合う際に重石となるのが言葉の問題で、仏教伝来の頃の公用語*2が読めないとおいそれとは手が出せない。でも音という物理現象は共通だろうから、書かれている文字の内容を数字で検証しながら進もうか、などと、狸系の筆者は思っていたりもする。

*1:標準漢語で四声。漢語には七つの方言があり、仕組みの似た、単音節声調言語と呼ばれている言語がある。これらの標準でない漢語にはそれぞれに声調がある。

*2:漢語サンスクリット語、古日本語。当時の、というのは一つのポイントであり、人的・物的交流範囲が意外と広かったようなので、日本音楽を考える際に参照する範囲は国内では狭く、東アジアでも東洋でもまだ狭いかもしれない。琵琶という楽器は西アジアに起源があり、昔は技芸を伝える役目を負うのは文書でなく人であったことを考えると、西アジア系の人が日本音楽に関与したかもしれない。