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狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

序文が書けるか

何かを始める時の標語はなるべく大きく取っておくと、あとで細かい所が決まって来た時にも最初の標語の一部に収まる効果があるそうで・・ (落語の前振りみたいだ^^;)もっともあんまり大きく取ると、何を言っているのか判らない分読者の期待を外すことにもなるので、細かく決まってきたら後での説明に備えてその過程を記録しておくことも大切。

情報と音楽の関係はもう活発に研究活動が行われている領域だから、よほどのキーワードを用意しておかないと、自分の活動を紹介する所(例えば序文)で空振りすることになる。信楽さんが情報民族音楽学と書いた時には、「情報」という言葉にソフトウェア工学の知見という意味を込めている(つもり)。ソフトウェア工学というとソフトウェア製品の製造に関連する技術の集大成で、巨大システムでも作る話に持ってゆかれそうだけれど、ここではそうでなく、「設計を重視する」というところに焦点をあてる。

 

情報と音楽との関わりは、情報という言葉が言われた当初から始まっている。手元にある市販資料だけでもこんなものがある。

-音楽芸術誌1968年12月号の11頁下段始めにある次の一節。

「私は彼*1の作曲法に「情報理論」の応用を探そうと試みたことがある。(途中略)そして「情報理論」と音楽の関係は、作曲家にとっても、音楽学者にとっても、これからの重要な課題であろう。」(松下眞一著、ペンデレッキにおける後世の問題)

-徳丸義彦著、音楽とは何か、岩波書店、2008年12月、1-1 情報理論から見た音楽

徳丸先生の最終講演を取り纏めた書籍。情報科学と音楽との関わりに関する章がある。

リンカーン編、計算機と音楽、コーネル大学

原著編集時点(1970)での論文集。計算機と音楽に係わるさまざまな分野からの寄稿があり、民族音楽学分野からのものもある。記号処理技術によるものが主。

-大照 完、橋本周司共著、仮想音楽空間、オーム社

7章に、仮想空間における日本伝統芸能が述べられていて、文楽茶の湯、能の仮想空間上での再構成が報告されている。

-一色 忍、渡辺 康、飯塚恵理人著、《三番叟》の楽譜化と声紋分析、學燈社

雑誌「國文學」2002年7月号、特集「音楽」の70-80頁。《三番叟》の録音資料を、スペクトル解析装置を使って可視化して、特徴を観察している。

特に最後の例など、専用装置を使っているとはいえ、音響的に見てもかなり詳細な所に踏み込んだ観察結果が示されている。なお、三番叟は、能楽の演題。

 

情報と音楽との関わりは1968年には既に始まっている以上、思い付きのキーワードでは自分の本当に考えていることを言い当てたことにはならない。といって、全く新規な造語をすると、今度はその言葉の定義を一から完全に与えなければならず、それはそれで大変なことになる。信楽さんが情報と民族音楽学とを併記した一つの意図は、情報民族音楽学という言葉にソフトウェア工学的センスを含めようとしたことにある。もちろんここで言うソフトウェア工学は、巨大なシステムを業務として作ることを考えている訳ではなく、ソフトウェア(情報システム)は使う人が作るという原則を確立することを考えている。調査に必要な装置は調査者自身が設計・実装・運用を行う習慣と環境とを具体化する、という意味を込めたかった事による。

 

もちろん、楽器を使うためにはその背景にはたくさんの労力が要るように、ソフトウェアシステムを作るにはたくさんの労力が居る。音楽に係わる人を楽器に係わる人と音楽に係わる人とに分けてみると、音楽に係わる人が楽器を手にするまでに楽器に係わる人は、ざっと見積もっても次の人たちがいる。

-楽器の部品を作るための原料(例えば材木)を調達し、

-原料を選び製材して部品の材料とし(例えば楽器に合わせて切り出し、乾燥等の処置を行う)、

-楽器の設計に合わせて部品に加工し、組み立てて、調整し、楽器を仕上げ、

-故障すれば直す

その上で、音楽を担当する人が音楽を演奏し続けることが出来る。

ソフトウェアシステムについても、一つのソフトウェアシステムが出来あがるまでにはシステムを製造する人の労力が係わるのだけれど、ソフトウェアに独特な性質として、利用者の要望が製品の出発点にある。楽器なら楽器の設計は所要のものがあるが、ソフトウェアの場合には、利用者の要請が製品を決める。そこでソフトウェアを制作する手順は、利用者の要請を取りまとめる段階と、取りまとめられた要請からソフトウェアを具体化する段階の二つに分かれる*2。以上の都合から、ソフトウェアの利用者は、完成品を受取るまでの間、制作者と打ち合わせを続けて、期待するものが出来ていることを確認する必要がある。

最近はソフトウェアも工業製品化されているので、汎用の製品*3を購入して使うことも可能になっている。汎用製品を使う場合、製品を自分の利用目的に適合させる所は結局ある種の(製品ごとに決まった処方に基づく)ソフトウェアを書くことになるので、多かれ少なかれ、自作する部分は出てくる。この時に、作りつけた部分は自分で維持することになる。

 

長期間使い続けることを前提にソフトウェアを作るなら、利用者は、維持や改修を行う場面に出会う。その際には、自身が取り纏めた要請に加えて、ソフトウェア製造のために整理された要件、整理された要請から制作されたソフトウェアの構造設計結果、ソフトウェアの構造設計の結果から具体化されたソフトウェアについて、把握しておくことが望ましい。

こういう習慣がソフトウェア制作だけに必要ならあまり士気もわかないが、民族音楽学の分野では次のような特例がある。

民族音楽学の目的がある音楽について知るということにあると思うと、調査のためのソフトウェアの要件を整理するということはつまり対象としている音楽について、今知っていることとソフトウェアを使って知りたいこととを明確にすることに当たる。これは、普段の活動の記録そのものではないか?*4

*1:ペンデレッキ

*2:正確には、利用者の要請を取り纏め、ソフトウェア製造のために整理し、整理された要請からソフトウェアの構造設計を行い、ソフトウェアの構造設計の結果からソフトウェアを具体化する、という四段階を区別する。利用者の要請が小規模ならこの順に実行することが出来るが、大規模になると、要請をいくつかに小分けして徐々に作ることになる。この、小分けの仕方と徐々に作る作り方に、工学的なノウハウがある。

*3:XML関連製品のような

*4:インターネットにさまざまな危険がある、インターネット技術は短命で変化が速いなど、現状では、長期間の運用を巡る問題があるが、ここではそれは情報技術側の問題と考えている。