読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

今どうなっているか、何故そうなったか

情報民族音楽学

二冊の本を読み比べてみた。

1) 音楽から物理学にかけた橋:

A.ウッド著、石井訳、音楽の物理学、音楽の友社(ISBN:10731320400777

2) 音響学から音楽にかけた橋:

吉川・鈴木編著、音楽と楽器の音響測定、コロナ社(ISBN:9784339011135)

最初に挙げた本は1978年第2刷、後の方は2007年初版だから、これから何かをする際に今どうなっているかを問うなら後の方に挙げた本を読むことになる。

別な設問に、音楽のように歴史的経緯で決まっている約束事がある領域では、あることが何故そうなっているか、という問いがある。日本音楽は西洋音楽とは違う歴史的経緯を辿っている分、日本音楽の歴史的経緯を辿って今なぜそうなっているかを知る意味がある。例えば日本音楽の音階*1など、西洋音楽の音階とは(音の数が7個か5個かの違い以上の)違いが見られる。この違いを封印せずに「音階」という言葉を使うには、西洋音楽の「音階」の歴史的経緯に沿った話の筋道を日本音楽で繰り返してみる必要がある。そういう時には最初の本も便利なことがある。

 

歴史的な経緯で決まってきた約束事は、その音楽をその音楽の流れに沿って検討する限り、常識として扱い、それ以上の深追いをせずに済ませることが出来る。言葉にする際には、常識の部分は特に定義しなくとも意図を伝えることが出来る。そういう常識の例:

MIDI

・定義

MIDI規格は鍵盤楽器を電子的に制御する手段に関する規格を与える。

・常識

  1. a) 音は強さ、長さ、高さを指定して決まることになっている。
  2. b) 調的音楽を演奏し易い調律は、等分平均律

 

伝統邦楽でも音階という言葉を使い、説明上、五線譜を使う。このとき、上の常識a、bに引っかかって、五線譜に書かれた音の高さと隣接する音の音程が気になる。伝統邦楽の音階は音階を作る手順を見る限り、ピタゴラスの音階理論と実質等価になっている。とすると、半音には2種類あり、半音を導く操作を12回適用した結果はオクターブ上の音にはならないはず。そうすると音階の取り方について次が気になる。

日本音楽に使う音階はこの12個の半音のどこかから始めて、五つの音を取る。この時に、半音12個を導くために始めに使った音以外の音から音階を始めれば、五つの音を取る間に必ずオクターブ上の半音12個にかかる。この半音12個はどう取るのか?

さらに細かく見てゆくと、音階を作る五つの音は、音階上に現れる順番によって決まっている、旋律パターンがある*2。このパターンを描くためには、音の動き方、音の強弱などに指定があると言われている(声明の本などを見るとこのパターンについて書いてある。)。とすると、音階と旋律パターンとはどう対応しているのか*3。このような差異は五線譜に素直には書けない。

伝統邦楽を五線譜で説明する際には、譜の読み方を示しておく必要がある。それは多分、日本音楽について歴史的な経緯で決まっている内容を、西洋音楽について音楽の物理学で展開されていると同様な筋道を辿って、出来てくるのではないか。

音楽と物理学に音階と平均律という章があり(11章)、ピタゴラス音階からはじまり平均律に至るまでの、音律に係わる試行錯誤が報告されている(特に248頁以降)。これによると平均律(正確には等分平均律)は、和声的音楽で自由な転調を(演奏上の困難なく)行うための妥協(267頁第一パラグラフの終わりの2文。)とされている。

 

ともかく始めの一歩として、この、ピタゴラス音階から始まる西洋の音階理論の骨格を日本音楽に当てはめたら何が出てくるかあたりから出発してみよう*4

*1:正確には旋法

*2:この旋律パターンは仏教とともに伝来したインドの音階に影響されたという説がある。

*3:旋律パターンの中心の音が音階の音、という対応関係はありそうな気もする。

*4:常識的には先行研究を捜すことになるけれど、始めの一歩の段階では自分で手を動かすつもりでいる。