狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

見なれない音階がいっぱい

手元に五線譜による雅楽総譜巻一 歌曲編という本があって、その第二節に当たる部分に楽式を解説した便覧がある。ここで言う楽式には、楽音を作る基準と、曲ごとに、使われる声の声域が示されている。

伝統邦楽の楽音というと、入門的な本にはよく、基準音から五度上をとり、次にこの音の四度下を取り、次にこの音の五度上を取り、という手順を繰り返して音を作る方法が載っている。この方法は伝統邦楽の方では三分損益法と言うが、ピタゴラスによるギリシャ音楽の音の作り方と実質等価となっている。三分損益法で作られる音を最初の方から取ると五つの音を含む音階ができ、12回続けると半音階を作る12個の音ができる。ここまではよく見かける音階なのだが、雅楽総譜の便覧に載っている音の作り方はこれとはだいぶ趣が違っていた。

もっともピタゴラス音階(あるいは三分損益法に基づく音の構成)とは様相が違っていてもそれ自身は特に驚くにはあたらない。面白いと思ったのは、声域(ある曲で使われる声の、高さの範囲)を示す図で、五線譜上に一つ一つの音が音符で書きこまれているのだが、ある音の前後にその半音上/半音下の音を並べて書いてある箇所がある。大げさな言い方をすれば、長音階/単音階を示す音符の列に半音階が入ってきたように見える。

こういう音の取り方はこの雅楽総譜で始めて見たので、この音階ができる背景について調べてみたい気がした。そういう訳で、手持ちの書籍から音楽の物理学を選んで読んでいる。

 

音楽の物理学11章「音階と平均律」によると、ギリシャ音楽理論ピタゴラスが唯一ではなく、アリストクセノスによる理論というものもある。アリストクセノスの音階論では4弦の琴を二つ並べて、音を作る。基準音との振動数の比で見ると、ピタゴラスの音階ではドとミ、ドとシの音の組み合わせで振動数の比が複雑になる。アリストクセノスの音階では、この場合の振動数比が複雑にならないように、音を選んでいる。この、アリストクセノス音楽理論が発展して純正律が作られ、複数個のメロディを合わせる習慣を通じて同時点に現れる音の振動数比に関心が向いた結果として和音と調性が発見され、転調のし易さと音の響き方との妥協が図られた結果として、現在の音階に繋がる平均律が見出されている。個々に至るまでの間にはいろいろな試行錯誤がある。

 

以下は根拠のない想像。

五線譜は便利とは言え、雅楽総譜のような西洋音楽と違う体系に従う音楽の場合、正しい音の高さが気になる。正確に言えば、西洋音楽でも、等分平均律に従わない曲があった時代の譜は、半音や全音の広さが一つではなかった訳だから、♯と♭とを簡単に取りかえる訳にはいかなかった。まして雅楽総譜では、という訳で、正確な音の高さを見る準備に各音の音程計算を試みてみようかと思ったりもしている。

日本音楽の音階は五つの音から出来ていて、それぞれの音には低い方から宮・商・角・徴・羽という名前がついている、ということはよく言われている。この音楽理論は雅楽とともに大陸から入ってきたものであり、聲明の譜も同じ理論に従う書き方を使っている。日本音楽では口伝が主体で譜面は目安と言われているが、半音を含む音程を見ていると、譜には書けないから口伝で伝えてきた、という事情があったのではないかとも思う。

おそらくこういう不思議な音階が出てくる理由は、この曲集が歌曲を収録しているからだろう。楽器なら工作と操作の都合があるから、そうそう自由な音程は取れないが、声なら、必要なら、ある音の高さを揺らす、連続的に変える、なども不可能ではない。別な見方をすると、半音だけ上下にある音が、安定して現れるのか経過的に波の上下や坂道の形で出てくるのか、という、音の扱いについて見ておく必要がある。こういう目的には情報技術から何かできるのではないか。

断片的に聲明の譜、上代歌謡の譜を見た印象で物を言うのは危ないが、手持ちの資料で上代歌謡の譜(上代歌謡に関するCDの添付資料)、天台宗の聲明譜(声明表白類聚)、奈良仏教の聲明譜(楽譜の世界に収録)、真言宗の聲明譜(よくわかる聲明入門)を見比べると、上代歌謡の譜と天台宗の聲明譜、奈良仏教の聲明譜と真言宗の聲明譜(古博士)とが、書き方が似ているように見える。

音楽の物理学237頁の表によれば、ギリシャの四弦琴は、隣り合う弦の音程で調律を指定している。半音と全音の組み合わせを尺度に見ると、半音1個全音2個、半音2個全音+半音1個という組み合わせ以外に、四分音2個と2倍幅の全音1個という不思議な調律があったらしい。チェコハンガリーには半音より狭い音程を使う曲があったりもする*1ので、音の構成についてはあまり予見を持たない方がよさそう。文献と音資料とを突き合わせて何か言えると面白いかもしれない。

 

しかし何はともあれまずノートが取れることが大前提になるので、伝統譜の記号をWordの外字*2で作ってみようかなどとしている。

*1:例:バルトークバイオリン協奏曲第二番の三楽章の第二テーマ

*2:催馬楽譜をWordで書きうつした時に、●に、大、小、楕円形等があるとよいと思えた。