狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

術語の薦め

言葉を不用意に使うと伝わる話も伝わらないと思うことがある。

例えば「クラシック音楽」という言葉は次のような意味1-3で使われている。

1) 狭い意味ではクラシックという言葉は1750年から1820年までの期間(クラシック期)を指し、この時期に作られた西欧の音楽に見られる特性を指す。

2) もう少し広い意味では、クラシック期から今日に至るまでの期間に作られた西欧の音楽を指す。小中高校の音楽の教科書で紹介されている西洋音楽史は大体後者の線に沿っている。

だからという訳でもないだろうけれど、信楽さんには、普段「クラシック音楽」という言葉を使う時には、次の意味で使われているような気がしてならない。

3) 「小中高校の音楽の教科書に収録されている作曲家が作った西洋音楽。」

この三つの意味づけには次の違いがあり、結構大きいのではないかと思っている。

 

クラシック期という時期は、バロック期とロマン期との間に位置する。バロック期は複数のメロディを同時に組み合わせて展開される音楽が作られていたが、この作曲法の表現力が使い尽くされてくると、音楽を作り続けるにはどの方向に進むべきかという深刻な問題が起こる。この時に、ある音と、その長三度上の音と、ある音の完全五度上の音とを組み合わせる*1ことでよく調和した響きが得られることが発見されて、メロディを組み合わせるのではなく、よく調和した響きが得られる音の組み合わせを芯にして曲を作る方向が確立する。クラシック期はこの時期に当たる。

この、よく調和した響きを与える音の組み合わせによる作曲法は、現在では和声法として、常識にもなっているが、クラシック期には混乱もあったらしい。モーツアルトに音楽の冗談という曲がある*2が、稚拙な和声法で書かれた曲を揶揄したとも言われている。現在言われているクラシック音楽は、和声法による曲作りのお手本となって、作曲法の進む先を示した曲という評価があって、教科書にも載せられている。

 

二番目の意味では期間がクラシック期から現代まで広がっている。ここは、和声法による作曲に繋がる期間という意味に理解したい。和声法が始まった古典期のもつ意義は忘れないようにするとして。

 

三番目の意味では「教科書に載っている」という、西洋音楽とは係わりのない、日本語特有の意味づけというか語感に注意が要る。つまり、「教科書に載っている音楽」という言葉は、「(この日本には代々継承されてきた日本の音楽があるのに、それを押しのけて)教科書に載った音楽」と理解されることがある。

明治時代に学校制度が始まった時に、音楽として洋楽を教えるか伝統的な邦楽を教えるかという議論があり、邦楽を教える教科書と洋楽を教える教科書とを作り、検討した結果、洋楽を教える教科書が選ばれている。この辺りが背景にあるので、「教科書に載っている洋楽」に関する反感も根拠がない訳ではない。実際、西洋の音楽と日本の音楽とでは、音楽の捉え方、継承の仕方など、基本がかなり違うこともあり、日本の音楽の考え方をベースに西洋の音楽を理解するのはなかなか難しいものがある・・にも拘らず、日本の音楽を語るために西洋の楽典から選んだ言葉*3を使うことになる。

 

ここでようやく、術語の薦めという表題に繋がる・・

 

術語はある領域で、その領域に現れる内容を明確に伝えるために使われる。領域限定で意味づけられるので、領域外で術語を使うと意味がよく伝わらない*4。これは、術語のせいではなく、伝えようとする内容が領域特定であることによる。術語のもつ意味を領域外に伝えようとすれば、術語をそのまま使うのではなく、術語のもつ内容を伝える言葉を作らなければならない。

音楽は長い歴史がある分、地域・時代毎に選ばれた約束事がいろいろと絡み合ってくる。例えば、西洋音楽の音階は決まった高さをもつ音から構成されている。他方で日本の歌の音階は、一つ一つに決まった節回しがあり、一つの高さだけでは指示しきれない。この性質からか、日本の音階は5個の音で構成されていると言われているが、上代歌謡の説明書を見ると、5個の音に補助的な4個の音を加えて9個の音の作り方が載っている。

このような、音楽に特有の約束事がある事を考えると、音楽用語は音楽汎用の意味をもつのではなく、特定の音楽毎に特有の意味がある術語として扱うのがよいのではないかと思う。日本音楽には日本音楽のための術語があってよく、加えて、日本音楽の外の世界にその術語の内容を伝える場合のために、その術語の内容を伝える言葉があるとよい。

*1:例えばド-ミ-ソの組み合わせ。

*2:ケッヘル番号K.522

*3:兼常清佐に拠れば、日本の歌を記録するためには五線譜は適当でないという。

*4:昔々、建築関係の方から、「情報系の分野では何故、分岐構造を指して木構造と言うのか」と聞かれて往生したことがある。情報系の分野ではデータが分岐構造に従って繋がっているデータ構造を木構造という。他方建築の分野では、建物の骨格を構造と言い、木質の素材で作られた構造を木構造と言うのだとか。