狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

趣味礼賛

今、古い資料を整理していたら、日本楽譜出版社によるVivaldiの大協奏曲イ短調(Op.3 No.8)の楽譜が出て来た。この曲は、解説の頁によれば、”L’estro armonico”という表題がついているという。この表題は「調和的な詩」と訳されているが、もちろん、「調和的」という語句は、ハーモニー(和声)の意味を曳いている。楽譜についていた解説に拠ればVivaldiという人、優れたディレッタント(dilettante)という評価があるらしい。という訳で、表題は、「Vivaldiはdilettante」から連想して、Viva Dilettante → 趣味礼賛 β(^ ^;)

 

この大協奏曲が書かれた時代は、音楽の作り方について、時代の変り目にあたっていた。主流はいくつもメロディが重なって曲が進行する音楽だったが、それにまざって、調性の枠組みに従って繋がった和音により曲が進行する種の音楽の芽が出始めていた。この協奏曲はまだいくつもメロディが重なって進行する曲の書き方が残っている。Vivaldiというと四季があって、これは詩の内容に沿って音楽が展開する。もう少し後になると、音楽がある形式*1に沿って書かれるようになる。

 

時代の変わり目に立ち会った人は、皆、それぞれの信じるままに前に進み、時間が経ってから振り返るとそれぞれの仕事の位置付けが見えてくる。いくつものメロディを重ねて曲を進める書き方はJ.S.バッハにより押し進められて完成の域に達し、形式に従って音楽を、調性を対比させながら展開する書き方は、ハイドンモーツアルトベートーヴェンの仕事を通して形が確立してくる。こういう、いくつもの流れがやがて集約されて未来が確立するという見方は、音楽は一人の天才が時代を変える、といった考え方とは相いれないが、信楽さん的には、一人ひとりが信じるままに進んだ先に未来があるという考え方の方が素直に思える。

 

さて、話をVivaldiに戻して・・

 

大協奏曲イ短調(Op.3 No.8)の解説の頁(日本楽譜出版社刊)に、オイレンブルグ版解説中の一文として次の文が引用されている。「何れにしても,この種の形式が初めて世に現れたのはヴィヴァルディに於いてで有る。この様な作品を最初に作った巨匠は所謂“ディレッタント”で有ったに違いない。しかし乍らそれは高貴な“ディレッタント”である」

 

このディレッタントという言葉は、芸術や学問を趣味として愛好する人という意味をもつ。ただし趣味と言ってもその振れ幅が大きく、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説には次のようにある。

「芸術愛好家、好事家。本来はイタリア語で熱心な音楽愛好家を意味したが、現行は芸術一般の愛好家をさす。芸術研究の体系的、学術的専門家と異なり、趣味嗜好から芸術品の蒐集、鑑定、研究を行うもので、玄人はだしの域に達する人も多く、しばしば専門家の盲点をつくこともある。一般には、半可通の芸術知識をひけらかす人をさげすんでいうことが多い。[船戸英夫]」

 

「情報民族音楽学」などと言ってみてもまだ漸く種から芽が出た状態であることを考えると、体系的、学術的研究分野などとはおこがましくてとても言えない。だからこれからは、最終目標を(情報科学の基礎研究などと大げさにはせず^^;、高貴な)“ディレッタント”において、趣味の研究です、という事にしよう。

*1:ソナタ形式などの。