狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

兼常清佐の日本民謡研究を再興する方法と科学的音楽研究

兼常清佐日本民謡研究は、柴田南雄著「音楽の骸骨の話*1」の6章に紹介がある。この6章にも、計算機を使った最近の民謡研究と思いたくなるような、次の図表が掲載されている。

‐ある歌に現れる各音を、音の高さ毎にその延べ時間をとったグラフ(2点)

‐音節ごとに持続時間を測って得た表(1点)

‐民謡の声の高さ・長さを、実測値と五線採譜結果が示す五線譜上の値と比較した図(3点)

‐民謡の声の高さを時間軸に沿って描き、ガウス関数を区分的に当てはめた図(1点)

‐民謡の歌詞を読んだ声につき、声の高さを測ったグラフ(1点)

‐民謡の声の高さの、実測値、五線譜上の値、ガウス関数の当てはめの三つで比較した図(1点)

兼常の研究は下記の出版物にまとめられており、手に入りにくいものではあるが、読むことは不可能ではない。

兼常清佐遺作集刊行会編刊、兼常清佐遺作集、第一部、1960年11月

また、兼常の随筆については次に纏められている。

杉本秀太郎編、音楽と生活 -兼常清佐随筆集‐、岩波文庫青190-1、岩波書店1999年11月8日第2刷

 

そこで、研究の詳細は上記の文献を参照いただくこととして、研究方法の要約を以下では作ってみた。図的に纏めると、兼常の研究の活動は次の図式で表される。

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ここで、次に注意する。

‐音楽は音の波形をサウンドトラックに書きこんで記録する。

‐波長はフィルム上の波形を顕微鏡で観察して求める。

‐声の高さは波長から手回し式計算機で求めた数値を、10データを平均して決める。

‐「音楽と生活」に、兼常がフィルムに波形を描いて声の合成を試みた、とある。

‐波形を描いて声を生成する実験は上手くゆかなかったとあるので、点線で記した。

 

上記の図式を情報技術に基づいて再現する方法として、容易に次の図を想定できる。

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ここで、音楽の制作のための技術にも候補はあるので、点線を実践に置き換えている。

音楽音響の特徴抽出と音楽の合成には次を使う。

‐音声の分析/合成系*2

‐自動採譜系と自動演奏系との組み合わせ

‐操作者の判断を組み入れる機能をもつもの。

Toolkitに含める機能には次がある。

‐目的の声に焦点を合わせ、混合音声から目的の声を分離する技術*3

‐焦点を当てている音声区間を取り出して、詳しく特徴を見る技術

‐対象とする音楽の音の動きを見易く表記する楽譜を設計して、編集系を纏める技術

‐対象とする音楽の音の動きから音楽音を合成する技術

一つの目標設定には、この辺りまでを目標に具体的にToolkitを作って音響データを分析する、がある。この目標設定では兼常の研究における、「民謡の科学的研究の姿勢」を、音の波形として記録された音楽がもつ性質を数値的に分析すること、と考えたことにあたる。音の波形は特定の音楽の約束事から独立した客観性をもつことから、「民謡の科学的研究」の一つの考え方を与える。

 

ところで、音楽音の波形は、演奏の結果発生する物理的現象としての音を記録するものではあるが、「音楽」を記録するものと言えるものなのだろうか?ある音楽の音と、その音楽の音ではない音とを区別するのは音楽音に係わる基準であるはずであるが、この基準は音には書かれていない。例えば、音を外す、音を間違える、雑音が入る、等は全て、現象としての音をその音楽の音と認定する基準に照らし合わせた人が結果として判断するものであり、この基準は物理現象としての音だけからはどうしても出てこない。*4

 

音楽音に係わる基準は、その基準を決めた関係者の判断(音楽史に書かれている)、基準の実際(音の高さなら調律法、音の安定性なら節回しのパターン、音の特性に影響を与える特性と規程の強さ・優先順位*5)などの側面がある。これらの情報について、様々な資料から必要な情報を集め、言語により書きとめて、整理する作業をとおして初めて判るものであり、五線譜で書けば判るというものではない。

音楽音に係わる基準を様々な資料から構成する作業は、ある意味、自然科学者が観測データから自然法則を帰納する活動と似た面がある。データを説明する仮説を出し、データがない現象がこの仮説で説明できることを確認し、説明できれば仮説を受け入れ、説明に失敗すれば仮説を再検討する。

このような活動を音楽の資料に対して実施できれば、これも「音楽の科学的研究」と言える活動になるのではないかと、筆者は考えている。

ある程度の検討は行ってみたので、次は、自然科学の活動の図式とそこから敷衍される音楽研究の図式について述べてみたい。

*1:AMAZONでは古書の扱いになっている。ASIN: B000J8K7FQ

*2:通常Vocoderと呼ばれる技術。声の特徴パラメタとして、線形予測係数、ケプストラム、など様々な技術が開発され、既に実用化されている。

*3:筆者在学時に考えていた機能がこれに当たる。

*4:音楽演奏のサンプル数を充分多くとれば、ある確率で判断できるという論はあるが、基本的な約束事である音楽音に関する基準が不明の間は断定ができない。

*5:五線譜なら高さは絶対的、長さは演奏家の判断をある程度許す、強さは長さよりもう少し演奏家裁量権がある、などの