狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

数学的構造と物理学の図式と音楽の研究

前回示した数学的構造と物理学の図式とを比較して、科学的音楽研究が従う手順のあり方を検討する。

 

モデルの理論では観察対象とする数学の研究活動を、数学的構造を使って記述する。数学的構造は、下図で、上側に設定された囲みの中に書かれている。知見と書いた部分には数学的命題を一階述語論理式で書き表したもののうち、記号列部分が入っている。この記号列は理論から証明されることになっており、同時に対象に含まれる数学的命題に対応づけて真偽が決まることになっている。この設定が、対象とする数学の分野における未解決問題でどうなるかは微妙な所があるが、言語Lを完全かつ健全にするという条件を満たす一階述語論理式と数学的命題とを予めつけ加えておくことで、数学的構造上は未解決問題がなかったことにする。その代償として、全体として見ると、対象及び知見の要素が判りやすいものではなくなる*1

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物理学の図式では、対象に対する観察、記録が有限的な活動であることを前提として、理論(法則)は帰納的に提案されるものとしている。対象という項目には、研究の対象としている実体の観測をとおして得られた実体の特性(観測データ)を収める。この、実体の特性を観察し、言語をつかって記録し、対象に関する知見を得る。この知見を整理、体系化して、理論(法則)を纏める。この法則は、観測された特性だけが支えるものではなく、一般化(抽象化)によって、観測の対象にならなかった特性が係わる場合にも成立すると見なされる。例えば、「力=質量×加速度」という法則*2は、力、質量、加速度という言葉の具体的な例示になっている場合には、常に成立すると見なされる。この帰納的手続きは観測に依存するので、He原子のように目に見えない対象物に適用して成立するか否かは自明ではない。そこで、物理学では、帰納的な仮説である法則が成立することを確認するための実験が行われる。また、検証条件を記述する理論式には物理模型が対応づけられる。検証の成功を判定する条件は、この、実体、対象、模型の三つの要素が観測のための測定の範囲では同一視可能であることとなる。

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数学的構造には、実世界の実体を観測して得られた像に相当するものはない。物理学の図式から見れば、数学の分野では実世界の実体を観測して得られた像に相当するものの寿命が長く、いったん像が成立すれば特に変更する必要が起こらない、という事情が考えられる。

但し、希に変更の必要が起こることがある。例えば実数値関数fの微分df/dxで、df、dxは実数ではあり得ない。この場合、実数概念を拡張する道を選ぶと、実数という像を変更することになる。この道は、実際、A. Robinsonによって、Non standard analysisという理論の中で纏められている。従来の実数の範囲を変更しないなら、df、dxは数学理論の外に置いて、εδ論法により議論することになる。このような変更があることを考えると、数学の理論を帰納的に提案された理論と考える立場があってもいいような気もする。

 

ここで音楽を研究の対象とする場合を考える。音楽には、表現(音楽の音)、表現に対する要件(これを記載した文書としての楽譜)、表現の具体例(演奏音であり、表現の模型と言ってもよい)の三つの要素がある。この三つの要素を物理図式の実体、対象、模型にそれぞれ対応づけると、筆者としては、落ち着きがよいと考えている。これは例えば伝統邦楽を観察する時には、五線譜に採譜するのではなく、語義*3を曖昧にしたまま伝統譜に従うのではなく、対象を観察し、対象が従う法則を見出し、法則を確認し、必要なら法則を修正するという活動を行うことに当たる。

 

*1:追加が可能ならゲーデル不完全性定理が成立しないことになる。

*2:Newtonの運動法則の第三番

*3:例えば伝統的な旋法である「宮、商、角、徴、羽」を安易に音階と同一視しない。