狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

ノートは大切に

(^ ^)つ

今はどんなに荒唐無稽でも、できたら面白いだろうな、と思ったことは何かに書きとめておいて、忘れないように折節、眺めて改良しているといつかは手が届く形になる。このときに、世間の状況が変わって手が届くようになったのに、自分の着想を描いた肝心なメモをなくしてしまったら、ちょっと目も当てられない事になる。ノートは大切に、うっかり捨ててしまわないように。

 

筆者は1980年頃、「日本民謡定量的研究」という表題を書き込んだノートを作っていた。この表題は、柴田南雄が著書「音楽の骸骨の話」の中で兼常清佐日本民謡研究に触れて、「兼常の科学的研究の姿勢がその後引き継ぐ者もないばかりか忘れ去られようとしているのは惜しい」という内容のコメントを書かれている事を見て、受けてみようかと思ったことがきっかけになっている。

 

いろいろ紆余曲折があって *1 手掛けられないまま今に至っているのだが、最近になって、もう一回手がけてみたくなった。で、さて、このノートを探したのだが、見当たらない・・

 

まぁ、2002年10月頃からのメモは一部残っているので、完全に記録を失ってしまった訳ではないにしても、やはり、いつからこんな*2ことを考えていたかを示す数字があった方が、話にもっともらしい箔がつくと言うもの。間違ってもノートは捨てるものではない、自分のためにも。

 

(^ ^)つ

ところで、「定量的研究」を唱えるなら、測る対象をはっきりと意識しておく必要があり、そのためには測る対象に係わる模型がいることは確認しておく方が良い。

信号解析して特徴量を統計処理して、という場合には、特徴量のとり方と統計モデルの設定法とが模型を特徴付けるので、今観測しようとしている対象と模型との適合性は事前に確認しておくことが絶対条件になる。案外この辺りで、適合性に欠ける常識を密輸入して、統計で嘘をつく羽目に陥ったりする。

例えば声の高さの基準を楽器で決めているなら、声の高さの実測値は楽器が決めるある定数の周りで峰のように分布すると考えてよいだろう。では、声の高さを声で決めていたら?声の高さは信号としての音の高さだけでなく、基準となる声の息遣いを組み込んだものになっても不自然ではない。何を知るためにその尺度と計測法とを選んだのか・・

 

こうしてみると、定量的な研究にはその前提に、信頼できる模型があることになる。この、模型を前提とする、という意味では、定量的な研究の研究態度は、自然科学の研究態度に近いものを感じる。この点を配慮すると、「日本民謡定量的研究」というタイトルは、「模型と計測に基づく音楽の研究法について」のように変更してもよいのかもしれない。このあたりは、紆余曲折の経験を取り入れた最近の感想*3

 

(^ ^)つ

因みに、兼常清佐日本民謡研究は、大正末から昭和26年にかけて行われた活動であり、映画のサウンドトラックに書きこまれた歌の波形を顕微鏡で観測し、声の高さを数値計算*4で求めて、歌の特徴を知るという方法論に拠っている。商用電子計算機がやっと現れた時に研究活動を終了しているが、活動内容は数値的な信号分析の方法を基礎に置いている。

 

音声分析は電子計算機が現れて以降もしばらくは計算負荷が重い情報処理の典型だったので、人手の観測と機械式計算機との組み合わせでは作業量の点で壁があり、後継者を得られなかったのも無理はない。1980年頃というと、使える計算機にはメインフレームと、信号処理向けの特別なハードウェアを付加したワークステーションとがあったけれども、高価だったり仕様が特別だったり*5して、そんなに簡単には行かない。2000年ころ、PCのユーザインタフェースに絵や音が使われるようになると、誰でも音を材料に研究することのできる環境が整ってきた。

 

では、ということで、「日本民謡定量的研究」の活動を個人的にスタートしてみた。その辺の記録は2002年のメモに残っている。しかし日本民謡の研究がもつ難しさ*6を知り、明確な課題設定がないと進みようがないと判断して、この課題を表面には出さないでいた。

 

(^ ^)つ

ところで西洋音楽にはピタゴラス、アリストクセノス以来現在に至る歴史が知られており、ギリシャ音楽の時代に音階が見出され、ローマ(イタリア)音楽の時代に複数のメロディを組み合わせて音楽を創る方法が普及し、そののち複数のメロディを組み合わせたときに同時に聞こえる音の中から良い響きが聞こえる組み合わせが見出されて調性が発見され、調性の対比によって音楽を展開する方法がドイツの古典派音楽の時代に完成する。こういう感じの音楽史が日本音楽について出来ないものかと思っている。

日本の音楽には、上代歌謡の時代、奈良仏教の仏教音楽の輸入、真言宗天台宗の仏教音楽の輸入、様々な近隣諸国の儀式音楽の輸入と日本的な形への再編、仏教音楽から説話音楽・琵琶楽の派生、能楽、歌舞伎、三味線の輸入と様々な形への進化、・・などの流れがあるという。この詳細な流れを包括的に扱う理論など考えるだに恐ろしいが、西洋音楽史にみられるように、後世に継承される基本的な特性・考え方を言うことができないか、と思うことがある。

 

こういうことが言えるとどういういいことがあるか、というと、日本音楽を外に向かって説明する語彙が整備されることがある。

一つの音楽を継承する仲間内に説明する語彙と、外に向かって説明する語彙とは当然異なる。どこが違ってくるかと言うと、一番基本的な語彙の選び方が影響を受ける。言葉のもつ内容は言葉で定義するのだが、一番基本的な内容をもつ言葉は、それを定義する言葉がなくなる。ではどうするかというと、言葉が通用する範囲を制限して、その範囲内で、メンバーが合意できる内容をもって、定義に替える。言葉でなく経験の集積が定義となる。

例えば、日本語では習慣的に、音楽を、「演奏家の」「曲名」で呼ぶ。教科書的な意味での欧米の音楽は、「作曲家の」「曲名」で呼ぶ。この背景には、前者の場合、音楽を聴くとは演奏家の所作を見ることであり、後者の場合、音楽を聴くとは文字通り音を聴くことである、という常識の違いがある。こういう、内容が異なる無定義用語を巡る、言葉に拠る会話は、基本的に収斂しない。

外に向かって言うための語彙が整備されれば、共通の語彙を使って語り合うことができて、お互いの音楽が何を語るのかを知る手がかりが得られるのではないか。

 

とは言ってみたものの、これから動き始めて、はたしてどこまで行きつけるやら。それもこれも、研究ノートを軽んじた報い・・・

 

(^ ^)ノシ

*1:1980年より前には基礎研究に牧歌的な空気があったが、それ以降は収益に繋がる道が見えない話はできない環境になっていった。

*2:しょうもない^^;

*3:日本民謡」という言葉を「音楽」という言葉に変更した理由は、日本音楽を研究対象とすることの難しさを感じ始めていることによる。日本音楽は継承する家が決まっていて、継承者は家の名誉にかけて日々の訓練に励んでいる。こうして継承されている音楽には、家の外から何かを言うことがとても難しいことになる。伝統邦楽の世界では、他家の音楽に口を挟まないという不文律があるという話を読んだことがある。

*4:手回し式の計算機を使う

*5:同業の研究者の間でプログラムやデータを交換しようと思った場合には、それぞれの計算機の仕様に合わせて、手を加えることになる。

*6:前に書いたとおり