狸系の里 シーズン2

はじめの一歩、二歩、散歩・・

研究者の真似をしてみる

いろいろと書きものをしていると、そろそろしっかりした内容を残したくなってくる。

情報民族音楽学のように内容が異なる二つの領域に係わる場合、軸足の置き方で活動内容が全く違ってくる。当然、資質的に筆者が係われない活動というものもあるので、軸足の置き方一つにも油断がならない。研究です、などとおこがましいことは考えずに、まずは研究の真似ごと、という位置付けではじめるのがよいのかも。

上代歌謡を本気になって調査しようとすると、世界に数冊、極端な場合にはそれ一冊しかないような文書を開くようなことも起こる。こうした場合、資料に寸分の傷も残さず*1、目的の調査を完了するのは最低限の要請となる。そんなにまで気を使う資料を読むには、当然、文献を扱う基礎的な訓練を積んでいなければならないわけだが、そんな経験はないので、こういう接近をするには資質がない。

むしろ、音楽分野の研究者から見る限りは研究者の真似ごとにしか見えない辺りから入るのが似合いなのではないかと思っている。例えば今手元に小泉文夫監修「日本と世界の楽譜」という本がある*2。この書籍には伝統邦楽の様々な分野に係わる論文が収録されており、その分野で使われている楽譜及び楽譜をつくる図記号がたくさん収録されている。この中に採録されている論文を一つ一つ、Wordかなにかの文書清書系を使って電子ファイル化してみようかと思っている。

何を今さら、と思われそうだが、もちろん、文書を書写することが目的なのではなくて、そこに現れる語彙・図記号を集めることを目標としている。というのは、こういう分野で活動して文書を作る時に、語彙・図記号のある無しが文書作りの閾の高さに影響すると思われるから。特にその論文には明確な定義がない語句・図記号は、その分野にいる人には常識なのだろうけれど、その分野の外にいる人には誤解を生むもとになることもあると思える。例えば、伝統邦楽の「旋法」を「音階」のように五線譜に書くことがあるが、この五線譜表記は無定義の図式の一例と言える。理由は「旋法」を「音階」のように五線譜に書いてしまうと、「音階」の各音は平均律の音の高さで、高さを一定に保って、演奏されることを暗示してしまう。

そういう訳で、論文の電子ファイルを作り、無定義で使われている語彙・図記号には解釈のためのガイドラインを添えて、必要ならプログラムを探してくるか創るかして、だんだんと情報処理のための環境を創りつけてゆこうか、などと目論んでいる。

 

手始めの段階だからどっちつかずではあるが*3、来年の今頃には何か残せていると期待しよう・・ (^ ^;)。

*1:もちろん染みなど付けるのは論外

*2:楽譜の世界3、日本と世界の楽譜、編NHK交響楽団、監修小泉文夫日本放送出版協会、昭和49年9月20日第一刷

*3:尤も情報系の言い分としては、実装でなく設計に重点があります、という逃げもあるが。